に対する獄寺の価値観が変わったんだろうな」
"どう変わったんだ?"
獄寺は、自宅に帰るなりベットに倒れ込むと、リボーンの言っていた言葉の意味を考えだした。
簡素なワンルームマンションだが、獄寺が所持する装飾品や、獄寺が購読している月刊誌が異彩な雰囲気を放っている。
ベットにいると、眠くなる。それを感じた獄寺は、上半身を起こした。
意味もなく、雑誌のページを繰る。奇妙な想像上の生物たちでも、今の獄寺に好奇心を湧かすことかできなかった。その証拠に、獄寺は勢いよく雑誌を壁に投げつけている。
「ワッケわかんねー!!」
イライラが積もり、ポケットの煙草に手を伸ばす。しかし、中身は空。
「げ、マジかよ……」
しぶしぶ外に出る。空はどんよりとした曇り空。もうすぐ雨が降りそうである。獄寺も、それはわかっていたが、傘を持って行くのが面倒で、そのまま家を出た。
煙草を売っているコンビニは、歩いて5分のところにある。緑の看板が目立つそのコンビニだけは、未成年の獄寺にも煙草を売っていた。
歩くのは面倒だが、そこじゃないと買えないのも事実である。
歩いている最中、新明で山本から聞いた話を思い出し、足を止めた。
『あいつ、親いないし、遠くに出かけることも――』

『それどころか、親戚なんて全然いないらしいぜ?』

――そうか、親がいないから気になってるのか。
オレも同情のひとつはできるようになったもんだな……
と、ひとり納得し、軽い足取りでコンビニへと向かった。
しかし、
「ツケ」
「ムリ」
「お前の金貸せ」
「金ねぇから働いてんだよ」
「なんだよ300円くらい」
「じゃあ自分で払え」
「だから今74円しかないっつってんだろ」
「ンなら帰れェ!」
誰もいない店内で、獄寺と店員はまごついていた。
店員にカウンターを叩かれ、カチンとくる。
「んだと? オレは客だぞ?」
「金出してから客だと言えコノヤロォ」
カウンターに長い足をかけ、獄寺は店員に言い返す。
「やんのか」
「おお、表出ろ」
互いににらみ合い、店員はカウンターから出ようとするが、自動ドアが開き客が来る。
「い、いらっしゃいませ〜」
さっきまでの顔は何処へやら、にこやかに笑みを浮かべ、新たな客へ挨拶する。獄寺からみたら、気持ち悪いとしか思えない笑みであったが。
「……あ、獄寺君」
「ぁあ?」
名を呼ばれ、その方を見る。
「あ、
口を開き、慌ててカウンターに乗せていた足をおろす。
「……あの、私入ってきちゃいけなかった……?」
「い! いいえ! 全っ然大丈夫でございます! お客様、本日はいったい何をお探しで?」
デパートのしつこい店員じゃあるまいし。
と、獄寺は思った。
「あ、いや……大丈夫です」
は苦笑しながら、やんわりと言った。
「左様でございますか!」
店員はパタパタと商品棚の整理を始めた。
「獄寺君は、何を買いに来たの?」
は、獄寺の顔を覗きながら聞いた。その後、ハッと目を開く。は、眼鏡をかけていなかった。が、平気そうな獄寺を見て
「あ、もう大丈夫なんだっけ」
と笑った。
「私、暑いからアイス食べたくなっちゃって……」
「あ、あぁ……」
「獄寺君は?」
「……オレ? あ〜……オレもアイス」
「へぇ、奇遇だね。獄寺君はどのアイスが好き? 私、ゴリゴリ君と、アーゲンダッツの紅茶味と……」
楽しそうに選ぶに、獄寺はただ黙って聞いているほかなかった。
に「アイスを買いに来た」などと嘘をついてしまったのは仕方ない。しかし、それとは別に、が来たときから感じる、妙な感覚に気味悪さを覚えていた。
「……獄寺君?」
「……あ?」
「どうしたの、ぼーっとしてるけど」
首をかしげる
「いや、なんでもねぇ……少し気分が悪くて」
「え! なんでもなくないじゃん! 早く帰りなよ……あれ?」
「どうした?」
「獄寺君、傘は?」
よく見れば、は水色の傘を持っている。傘はビニールに入っており、ビニールの底には水がたまっていた。
ふと外を見れば、雨が降っている。しかも、結構激しく。
「……忘れた」
ポツリと呟く獄寺に、は「嘘!?」と大声を出す。
「こんな雨の中、傘なしで帰ったら風邪ひいちゃうよ!」
「……いや、大丈夫だ。オレん家近いから」
「でも……あ、じゃあ傘貸してあげるよ」
「は? お前だって傘一本しか持ってねぇだろ」
「大丈夫! 親に迎えに来てもらうよ」


バカ言え。


獄寺は、の手首をつかんでいた。
「あ、え? 獄寺君?」
「んな面倒なことするんなら、お前がオレを送ればいいだろーが」
コンビニから出ると、に傘を開くように言う。は、ただ黙って傘を開いた。
「行くぞ」
の歩幅に合わせるように歩いていく。は傘を持つ左手を一生懸命持ち上げ、身長の高い獄寺に傘が当たらないようにしていた。
獄寺は、それに気付くと、乱暴に傘を取り上げた。
「オレが持つ」
「あ、ありがとう……」
の顔は、熱があるかのように赤い。
、お前顔赤いけど、大丈夫か?」
「え? 嘘……! 私、顔赤い!?」
慌てて頬を押さえ、「どうしよ、どうしよ」と騒いでいる。
「あー、別に元気ならいいんだけどよ」
「え? 元気? そうかなぁ。ハハハハ」
つられて、獄寺の口元もゆるむ。獄寺は、それを隠すように
「オラ、さっさと行くぞ」
をせかした。
「ちょっと待ってよ!」
激しい雨の中に、ふたりの声が響く。
獄寺の家と、コンビニを結ぶ道のりの中に、ひとつだけ信号があった。ふたりは、それが青になるのを待っているところである。
「……靴、濡れちゃった」
「さっき散々はしゃいでたからな」
「あ、あれは獄寺君が変なこと言うから……!」
また、顔を真っ赤にして叫ぶ。獄寺は、の頭を軽く叩き、「悪ィ」と言った。
「え……いや、別にいいけど……」
しどろもどろに答えたところで、信号が青になった。
「行くぞ」
「あ、うん」
その信号を渡り切ると、丁度獄寺の住むマンションが見える。
「あぁ、あれだ。あれがオレん家」
「へぇ……もっと汚れてる家かと思ってたけど、結構普通の学生が住みそうなところだね」
「言い方が酷すぎるだろ」
そう言えば、はまたハハハハ、と笑い声を上げながら「ごめん」と言う。そして元々、そんなに怒っていなかった獄寺は「別にいいけどよ」と答えた。
そんなやりとりをしているうちに、マンションについてしまった。
「悪かったな、アイス買いに行ったのに」
「いいよ、帰りは楽しかったし」
「そうか」
「うん」
…………。
「そういや」
「うん?」
「明日、学校行くか?」
「そりゃあ、今日行かなかったし、行くつもりだけど……」
「じゃあ、もしヒバリに会ったら?」
「んー……また獄寺君に助けてもらうよ」
「はぁ? ふざけんな」
「冗談だよ……じゃ、私帰るね。」
「あ、あぁ……」
獄寺は、ふと"寂しい"と思った。だから、思わず「!」と大げさに呼んで、右腕をつかんでしまった。
そして、「ん?」と振り返ったを、勢いのままに引っ張り、思わず、身をかがめてしまったのだ。
勢いのままに。カッとなって。相変わらず、悪い癖である。
唇に相手の体温を感じ、獄寺の心臓の高鳴りは、止まらない。相手に聞かれそうな程に。

は、突然何が起こったのか、まるっきりわからずにいた。
視界の大部分は、獄寺の白い肌と銀の髪。唇はやけに暖かい。そして、わかってしまった。おかげで、心臓は痛いくらいに鼓動を刻み、顔はこれ以上ないほど熱くなっていた。
獄寺から、離れた。離れ様、マンションのほうへと走って、見えなくなってしまった。
ほんの、表面だけのそれだったが、は随分長い間そうしていたように感じたし、逆にあっという間だったように感じた。
思わず、腰が抜けた。

「オレはなんつーことを……ッ!!!」
部屋はメチャクチャに散らかされており、獄寺はというと、ベットの上でベットを殴り続けていた。

明日、に会わす顔がない!

自分で自分がわからない。何故あんなことをしてしまった。何故その後逃げた……等々。

そして、一番辛かったのは、に嫌われたかもしれないということ。

そこまで考えて、気がついた。今更な気はする。まさか、自分からキスして気付くなんて。
「オレ、が好きなのか……?」
順番が違うだろうとは思う。しかし、そうなってしまったんだから仕方がない。
気付いた今となっては、何より、に会いたい。会って謝りたいという気持ちが強くなっていた。



まだ、昨日の熱が冷めない気がして。
は、少し早く学校に行くことにしていた。そして、なんでもなかったかのように振る舞おうとも決めていた。変に気まずくはなりたくなかった。
昨日の、獄寺とのキスは、誰にも言っていない。相談役の山本から、電話は来たが、話したのは雲雀の家の前での出来事までだ。
なにかの手違いかもしれない。変に色々言われたくない。そう思っていた。
空は、昨日の雨の面影はすっかり消え、太陽が輝いていた。


教室で、女子と話をしていたら、ツナと獄寺が登校してきた。
「おはよ、ツナさん、獄寺君」
「おはよ、さん。」
「……おう」
「ふたりとも、昨日はありがとう。」
「いや! オレは何も……」
「オレは、むしろお前に謝らなきゃいけねぇし」
「え? どうしたの獄寺君」
ツナが言うが、獄寺が「すいません、これは10代目にも話せないんです」と遮った。
「昨日は、悪かった。本当に……」
神妙な表情の獄寺に
「……気にしないで! 私、かえって誇りに思うよ! だってイケメンの獄寺君だもん」
と、笑顔で返した。
このタイミングで、好きだなんて言えなくて。