言いたい。
好きって。
ごめんって。
「おはよう、」
甘い声で目が覚めた。
目を細く開くと、雲雀の切れ長な目と視線が絡み合う。刹那、大きく見開き、はバッと身を起こしつつ後退りし、叫んだ。
「ななななんですか! まだ作戦でもやるつもりですか!? 誠もいたのにあんなことを!」
「……マコトって言うの? 彼。全然らしくない名前だね」
床に直に座っていた雲雀。ゆっくり立ち上がると近くの椅子に腰かけて、ベットとは正反対の位置にあるクローゼットに手を伸ばし、Yシャツを取り出した。そして、そのYシャツに袖を通し始める。がいることなど気にせず、逆にそのさまを晒すかのように。
「……え?」
「何」
ボタンを留める手を休め、を見る。は、自分のクエスチョンマークに反応されるとは思ってなかったので、少なからず驚いた。
「あっ、いや、私が起きたときはシャツ着てなかったから、昨日みたいなことになるのか……」
よくよく考えてみれば、そうだ、押し倒されたんだ。と頬を朱にそめ、段々に声がどもっていく。
「期待してたんだ」
「してません!」
クス、と笑う雲雀。
「まぁ、昨日はとんだ邪魔が入ったしね。昨日の僕なら、またあの作戦をしたかもしれない」
「は……?」
雲雀さんの話は、すぐわからなくなる。真面目に会話したことがあるのは、今日含めてたった3回だけだけど、本当に、一度でもきちんと、すべて理解できたことはあっただろうかと、は疑った。
「とにかく、今日はあんなことをする気はないってこと」
ボタンを留め終えると、ベットに乗り、の真正面に胡座をかいた。
それを見るなり、は後ろに下がって「……なんですか」と問う。本当に言動が謎すぎる。
「伝えたいことがあるんだ」
表情が改まることはなく、笑みをたたえたままであったが、声のトーンが若干下がったようである。
はぁ、なるほど。なら身構える必要もないな。はそう判断した。何しろ、言いたいことはわかるのだ。病院に連れて行ってもらう時の一言。そして、自分を気絶させる直前の一言。判断材料はそれだけだったが、そういう類いのことには敏感である。
「僕も人間だ。人間なら誰だって感情とか、好き嫌いがあるもの。だから、僕にも感情……今言いたいのは、僕だって恋愛感情を持つってこと」
「そうですか」
伝えたいのはそれだけですか?
勿論、雲雀の答えは「いや、違うよ」である。
「率直に言おう。僕は、が好きなんだ。付き合ってほしいんだよ」
「……そうですか」
それが、伝えたいことなんですね。
「うん」
好きな男がいるとしった上での告白。雲雀は、まだ微笑んでいる。余裕……なのかな。は獄寺の顔を思い浮かべる。"好き"であることを確認するように。
「……私の好きな人は知ってるじゃないですか。なら答えはわかってるでしょう」
「まぁね」
「そういうことです」
雲雀は、の言葉の続きを待った。だがは、これ以上何も言うつもりはなかった。
沈黙が、ふたりを支配する。
「でも彼は、君の素顔を見て倒れるような男なんだよ?」
静寂に波を立てたのは、雲雀だった。>
「そのおかげで、私は獄寺君と仲良くなれたんです」
「だからって……」
「たしかに、いい気はしませんよ」
雲雀の眉が動く。は、膝を抱え、寂しそうに笑いながら言った。
「本当なら無関係なはずなのに、私の顔が獄寺君のお姉さんに似ているがために、彼に被害があるんです。好きでなくたって、傷付きますよ。もし、獄寺君が私を嫌っていたなら、私は今でも彼を好きであり続けることはなかった。でも、私の前でだって獄寺君は笑ってくれますし、昨日……昨日は、助けに来てくれました」
涙が浮かぶ。後悔の思いでいっぱいになる。新明高校で、誠からマフィア―裏社会の話を聞いた今となっては、山本は『ごっこ』と言っていたものは実は『ごっこ』ではないこと。そして、彼等は偽善者どころか、裏社会で奮う力を、普段は隠し、自分を助けるために使ってくれた、優しい人達だということが、はっきりわかる。
でも……
「……獄寺君は、優しい人です。でも、貴方は身勝手で、優しくない。倒れてしまった獄寺君に攻撃しようとするし、本当なら関係のないツナさんにまで攻撃しましたから。」
「の思いを行動で代弁したんだ。」
雲雀は即、言った。そして、付け足した。
「いきなり群れるしね。僕は群れる草食動物が嫌いだから」
「……」
の中で、何かが外れた。
「私の……どの思いを代弁、したつもりなの」
冷たい目で、雲雀を睨む。雲雀は、の雰囲気の変化を感じたものの、それの正体は見破れず「当たり前じゃない」
「獄寺隼人に対する苛立ちと、タイミング悪く入って来た沢田綱吉に対する怒りだよ」
パァン……
乾いた音が響く。雲雀はベットから転げ落ちはしなかったが、じわじわ熱くなる左頬に、何が起きたのか、一瞬理解ができなかった。
「……それは、貴方の中にいる、仮想の私。その中に、本物(わたし)はいないわ」
雲雀が挙動不審になっている間に、はベットをおりていた。
「さよなら」
部屋のドアを開け、立ち去ろうとした刹那。
「――っ」
固く、暖かなものにぶつかった。
「……?」
声で、の外れた"何か"が元の位置に収まる。見上げれば、そこにはの思い人が、目を丸くしてを見つめていた。
「獄寺君――」
視界がかすみ、目が熱くなる。……だけど、今はそれどころじゃない!
「早く」
獄寺の手を引き、部屋を離れる。
「は?」
廊下を駆け、玄関を飛び出す。
雲雀が追ってくる気配はなく、は安堵の息をもらす。
初めてまともに見た雲雀の家。どこにでもありそうな普通の家屋だ。ツナの家と似ているかもしれない。
「……」
「……ごめん。獄寺君」
目が合うと、獄寺の顔があやふやになる。
「何がだよ」
「獄寺君やツナさんに偽善者って言ったこと。わざわざ助けに来てくれたのに」
頬を伝う筋が、首に達する時には、涙は止まらなくなっていた。拭おうとは思わない。
「慣れてる」
「え……?」
暖かいものが、の涙を拭った。獄寺の手は、男の手らしく固い。でも、ぬくもりがある。触れられていて、安心する。
「オレはずっと人に嫌われ続けてきた。そうやって突き放されても、オレはほとんど傷つかない」
「……マフィアだから?」
「お前、マフィアわからなかったんじゃ……?」
「誠に聞いたよ。山本君は『ごっこ』って言ってたけど、ごっこじゃないんだよね? 昨日のツナさん見てればわかるよ」
視界がはっきりしてくる。獄寺は、驚愕の表情でを見つめていた。今までに見たことのない表情には笑う。
「知って、怖くねぇの?」
眉間に皺をよせ、「マジでマフィアになったら、いつ死ぬかわかんねぇのに」と言った。の顔から、笑みは消えるが、決して怯えるような表情ではない。
「……怖いのかも。でも、大丈夫な気がするんだよね。獄寺君もツナさんも、強そうだし。それに……」
「それに?」
首をかしげる獄寺に、は真っ赤な目を細め、また笑って言った。
「リボーンと約束があるからさ、今更やめたくないんだ!」
「はぁ? リボーンさんと……あ」
獄寺は突然、口を開き、間抜けな表情になる。
「どうしたの?」
「え……お前、眼鏡はどうした……?」
一度はキョトンとしていただが、自分の素顔は獄寺に見せてはいけないことを思い出し、両手を顔の横にあてる。触れたのは自分の皮膚。
「昨日ヒバリさんの家で眼鏡を外されて……そのまま!」
用は、の眼鏡はヒバリの家に1日置き去りになっていたと。
しかし、獄寺はの素顔をもう何分も見ているのに、倒れない。
「獄寺君、平気なの……?」
「……別に、腹痛くねぇ……」
「獄寺君!さん!」
ふたりが驚きで固まっていると、ツナがリボーンを連れて駆けてきた。
「10代目!どうしてここが……?」
「さんが心配だし、獄寺君も様子がおかしかったし、探しに行こうかなと思って、一番に浮かんだのがここだったんだ」
「超直感のムダ遣いだな」
「うるさいな!」
「10代目に気を遣わせるなんて…スミマセン!人生最大の恥っス!」
「いや! 気にしないで獄寺君!……あれ? さん、眼鏡かけてないのに……獄寺君大丈夫なの!?」
ツッコミに追われながら、ツナはの目を指差した。
「なんか……の顔見ても腹痛くならなくて……」
頭をかきながら、獄寺は言う。リボーンは、ニッと口元を吊り上げた。
「ビアンキとの区別がついたんだろうな」
「ビアンキって……獄寺君のお姉さん……?」
「あぁ。おそらく、ここ二日でに対する獄寺の価値観が変わったんだろうな」
「アネキと……の……?」
「そういえば、さんのこと名前で呼んでるね」
ツナの一言で、獄寺が赤面する。
「あ、いやこれはその、勢いで……!」
「いいよ。名前でも」
クスリと笑う。は、2週間前のシャマルの言葉を思い出した。
『隼人に惚れるとなると、大変だね〜ちゃんよ』
もう平気ですよ、シャマル先生。それどころか、名前で呼ばれちゃってますしね。
「じゃ、帰ろうよ。私も、明日から学校ちゃんと行くね。心配させてごめん」
悠々と歩き出す。目はまだ腫れている。だが、気持ちはすっきりとしていた。