「君、誰? なんでといるの?」
「君こそ、誰だい? どうしてのことを知ってるの?」
(どうしよう、なんでこうなっちゃうの……?)
グラウンドで活動する新明生の間を縫いながら、目的の人間を捜索をするのはなかなか骨が折れる作業で、そもそも短気な獄寺は、面倒臭さに文句を吐いていた。
「あのヤロー……見つけてやったらまず殴ってやる……」
その銀髪が通り過ぎる度に、新明生は興味深げに獄寺を眺めたり、物騒な台詞に恐れをなしたりしていた。
憧れの目線を送ってくる女子が多く、その視線に気付きつつも「うぜー……」と呟く獄寺であったが、捜索の手はゆるめない。
「おい」
「あぁ? 誰だテメー、新明じゃ見ねー顔だが」
獄寺が声をかけたのは、体が大きな野球部員だった。
「天海誠はどこだ」
「……さぁな。ドコのダレとも知らぬ男に教えるほど、新明野球部員は優しくないぜ? なんたって忙しいからなぁ……今の時期は特に」
「さっさと吐け。オレだって忙しいんだ、忙しいモン同士、時間はかけたくねぇだろ」
大男の言葉を遮り、獄寺は圧力をかける。睨みを利かせた目に大男の顔は僅かに青くなる。
「……誠は、さっきと校門のほうに走ってたぜ」
「!? あいつもいたのか!?」
「あぁ……誠がの手を引いてる感じで、誠らしくねぇが、酷く取り乱してたな」
「……そうか、わかった」
獄寺は、大男が指した校門の方へと駆けて出していった。大男はと言うと、
「……なんだったんだ、アイツ」
と頭を捻りつつ、練習に戻っていった。
道は見えたが、獄寺はむしろ焦っていた。あの大男に、それが何時のことだったか聞けばよかった……と後悔しながら。
その時、校門に人影が見えた。数は3つ。誰かがふたりを足止めしてくれてたならいいが……。
と、その内のひとりが、寄ってくる獄寺に気が付いたようで、獄寺と目があった。獄寺の足は一瞬止まり、「なんでここに……」と舌打ちした。
そいつは、獄寺の因縁の相手であり、獄寺が走り回る原因である。歩いてくる獄寺相手に、"そいつ"は口を利いた。
「母校の次は、看護師さんの通ってた高校でお医者さんごっこの相手探しかい?」
獄寺は答えない。
妖しい笑みを浮かべる学ラン姿は、まさしく雲雀恭弥。
その正面には誠が、後ろにいるを庇うようにして立っていた。
「ついに見つかったか……」
「え、獄寺君……?」
誠は舌を打ち、は困惑の表情を浮かべている。
「なんで君が新明から出てくるのかな、銀ダコ。」
苛立ちを露にし、誠はごく当たり前の質問をした。
「だ、誰が銀ダコだ!? じゃあ、お前は鋏野郎だ!」
「……別に鋏野郎で構わないけど。むしろどうしてキレる原因になるかがわからない」
わけがわからないといった様子で首をかしげる誠に、獄寺は憤慨する。そんな獄寺に、今度は冷笑。
「まぁ、そう茹でダコにならなくってもいいじゃないか。僕は別に喧嘩売ってるわけじゃなくて、質問してるんだよ。どうして、並高生の君が、新明から、出てくるんだい?」
「ますますケンカ売ってるようにしか聞こえねぇ……」
「いいから答えろ」
突然、誠目の色が変わる。気配の変化に、雲雀と獄寺は得物を反射的に取り出しそうになった程。は、元からわけがわかっていない様子で、誠の変化に気付けてないようだった。
「を探しに来た。だからテメェらに用はねぇんだよ。」
「私を……?」
「あぁ、そうだ。お前に言いたいことがあんだよ」
獄寺は、表情を和らげる。見たこともない表情に、は目を見開いた。
「……悪いけど、僕とはこれからデートだから」
余裕の笑みを浮かべ、の肩を抱き寄せる誠。獄寺と雲雀は、共に眉をひそめ、は「えっ」と誠の顔を見る。そして、頬を赤らめた。
「生憎、タコにあげるような時間、にはないんだ。そんなナンセンスな頭の男、幼なじみである僕が見てて腹が立つからね」
「理由になってねぇ」
その時、今まで黙って三人のやりとりを聞いていた人物が、口を挟んできた。
「というか、僕は君もといる時間なんてあってはならないと思うんだけど。ねぇ、その肩を外しなよ。幼なじみだからって、僕のの肩を抱く権限はないよ」
"僕の"を強調し、笑う雲雀。しかし、眼はまったく笑っていなかった。
「……は? "僕の"……? いつからは人のものになったんだい?」
「昨日から」
雲雀は即答する。獄寺との顔は、一気に青ざめた。
「は、今夜僕との予定が入ってる。どんな約束よりも優先されなければならない予定がね」
そのあとの行動は、あっという間であった。誠の眼前まで一瞬で近付き、腹部に膝蹴り。誠がよろけるすきに、誠の右腕を退けると、の腹部を殴って気絶させる。
「あ……っ」
の体を担ぎ、近くに止めていたバイクに乗せ、自分もバイクにまたがって、すぐに発ったのである。
「!」
校門を挟んで会話していたのが悪かった。が乗っているバイクにダイナマイトを投げるわけにもいかず、ふたりを乗せたバイクを見送るだけだった。
「ゲホ、ゲホ」
咳き込みながら、ヨロヨロと立ち上がる誠。
「おい、大丈夫か―」
「どうして追いかけなかった」
獄寺の胸ぐらを掴み、下から睨んだ。
「僕は蹴られて、すぐに動けなかった。でも君は何もされてない。なのに、どうして追いかけなかった?」
「追いかけなかったって、無茶だろ、バイクを追いかけるなんてよ……」
「じゃあ君は知ってるの? 今から彼が行くところを」
「……」
黙る獄寺に、誠は嘲笑う。
「ほら、わからない。追いかければ、目星は付いたかもしれないのに……」
苦そうな顔をする獄寺だったが、不意に昨日行った一軒の家屋の存在を思い出す。
「……あそこか」
「ん?」
「心当たりはある」
「……僕を案内しろ」
「断る。を助けに行くのはオレひとりで充分だ」
「……」
突然、誠は膝をつき、咳き込んだ。
「おい……」
獄寺がしゃがむと、誠は顔を上げ、言った。
「じゃあ行けば?」
「は?」
「この通り、僕は彼にボロボロにされた。今行っても、を助けられる自信はない。だから、ひとりで行けばいいじゃん」
「天海……」
「行くならさっさと行きなよ、早くしないとがどうなるかわかったもんじゃない」
そっぽを向き、呟くように誠は言う。
「……テメーはそこでくたばっとけ」
そう捨て台詞を残し、獄寺は走り出した。
場所は、雲雀の自宅……もとい、砦。
前回そうしたように、をベットに寝かせ、自分はシャワーを浴びた。
水が、湯に変わるその前から、雲雀は水飛沫の中に入り、温度の変化を感じていた。
名の知らぬ、の幼なじみと自称した新明生。彼は何者なんだろうと、思考を巡らせる。
4年前、スーツに身を包んだ赤ん坊と手合わせしたときと、良く似た感覚。―中々の好敵手になれそうだ。雲雀は、もっと実力を見るんだったと後悔する。
そして、獄寺へと思考は移っていく。
新明の校門前で、たしかは眼鏡をかけていなかった。それなのに、獄寺は体調を崩さなかった―。
「惜しいな。あと1日早かったら、は君のものになったのに」
僕は、気まぐれだから。
シャワーが止まる。ぽたぽたと溢れる水滴は、床に虚しく落ちた。
雲雀は、下半身だけ衣類に身を包み、タオルで髪を乾かしながら、ベットに腰かけた。
未だに目を覚まさない。手を組ませてやれば、それこそ白雪姫のような姿である。
そう。は、童話の姫君のように無防備だ。今、キスをしてやれば、彼女は目を覚ますんじゃないか。
そこまで考えて、やめた。
今、こうしてが眠っているのは僕が蹴ったからだ。もしこれが白雪姫なら、僕は魔女と王子を兼任することになる―。
まったく意味のない妄想をしてしまった。しかし、好きな女のこととなるとここまで思考を広げられるんだ。雲雀にとっては、大きな発見である。
タオルは投げ捨て、ベットから降りるとの頬をなで、
「さぁ、早く起きて、……」
と、甘く囁いた。