「ん…。ここは…。」
薄く眼を開け、辺りをみまわす。
体を起こし、暗い部屋をほんの少し見ても、の記憶にはない部屋だった。さっきまで横になっていたのは柔らかいダブルベットで、わずかに知っている人の匂いがした。
誰だっけ…。
が記憶の棚をまさぐっているその時、の背中に何か、重いものがもたれかかった。
そのものから嗅ぎ取った匂いは、探していたそれと、ほんの少しの石鹸の匂い。
首筋に触れる、少し濡れた髪。
―シャワー浴びてたのかな。
そう思った時、答えは見えた―いや、聞こえた。
「風邪はどう? よくなった?」
最後にその声を聞いたのはバイクの上。第一印象は、「美少年」だった、雲雀恭弥。
「雲雀…さん?」
背中に感じる人の体温にドキマキしながら、は言葉をつむいだ。
「そうだよ。それより、どう? 風邪は。」
「風邪…?」
は、自分が今、目を覚ますまでの記憶を必死に引き出した。確か…獄寺君と、ツナさんと勉強会してて…獄寺君と喧嘩して…。仲直りしたと思ったら、体が熱くなって―!
「獄寺君は!?」
「彼? …多分、今頃を探してるんじゃない? 彼の目の前で僕がを誘拐したから。」
興奮するに反して、あくまでも涼やかな雲雀の声。
「誘拐って…!! なんでですか、私を人質にとってお金でも取る気ですか!?」
「そんなことしなくても、僕はお金には満足してるから大丈夫だよ。そうじゃなくて…あの時、僕が言ったこと、忘れたの?」
『僕の気が変わらない限り、の恋を応援するって言ったんだ。』
「…あれ、本気だったんですか。」
「そうだよ。僕は嘘なんてつかない。」
クス…と、雲雀の笑い声が聞こえた。
「何が可笑しいんです?」
「いや…これからの計画を考えると、つい…。」
「計画、ですか?」
「うん。じゃあ、簡単に説明するよ。」
雲雀の説明を、さらに噛み砕くと、こういった計画らしい。
・獄寺が死に物狂いでを探しているときに、偶然を装って草壁に会わせる。
・草壁が獄寺に此処の場所を教え、ここに向かわせる。
・獄寺が此処についたとき、絶対に獄寺が怒る行為をする。
・結果、は獄寺の本当の姿を見、獄寺は恐らくに惚れ込む…もしくは、惚れていることに気付く。
「ちなみに、草壁と獄寺隼人に接触があった時には、草壁から僕に連絡がいくようになっているから。」
「…そうですか。」
―この人、あまりにも遠回しにしすぎじゃないか。
とは思いつつ、雲雀の計画を聞いていた。
「獄寺隼人の命綱は、の眼鏡。獄寺隼人が来たときには、にその眼鏡を外してもらう。それで、獄寺隼人がちゃんとを彼の姉とは違うと認識できるかも試せる。」
不意に、のどかな着信音が流れる。
はその音に身震いしたが、雲雀はそれに冷静を乱すことなくベットの横においてあるデスクにある黒塗りの携帯を手に取り、電話をし始めた。
雲雀はベットから降りたため、は身動きができるようになり、雲雀の姿をようやく肉眼でみることができた。
「…あっ。」
上半身は華奢な肉体が何に包まれることなく、裸になっていて、下は制服のズボンと思われるものを穿いていた。
思わず叫ぶに、人差し指をそっと口元にそえ、「静かに」と合図する。
「もしもし…。そう、じゃあもうすぐ彼は此処に来るんだよね?…うん。え?怒ってる?当たり前だよ、気にすることはない。…わかった、じゃあ終わったら連絡するよ。じゃあね。」
電話を切り、携帯はもとあった場所に戻した。
「草壁と獄寺隼人が接触した。あと3分で此処につく。勘で結構近くにまで来てたみたいだね。」
「あの…ひとつ聞きたいんですけど。」
「何?」
「獄寺君が絶対に怒る行為って…なんですか?」
のその言葉に、雲雀の片眉がピクリ…とつりあがる。
「そうだね…そろそろ、始めようか。」
雲雀は、の眼鏡を取り、携帯の横にたたんで置いた。
の髪に手を滑らせると、そのまま両肩にそれぞれ手をそえ―
ボスン…。
ベットに沈むの体は、雲雀の両手だけでほとんど動かなくなっていた。
「え…?」
「おとなしくしてて、悪いようにはしないから。」
『興味があるんだ。に。』
その一言を思い出し、は顔を真っ青にした。
―もっと、気をつけておけば良かった。こんな暗がりに、男と女2人きりなのに…!!
助けて…!!獄寺君…!!
バタン!!
「ヒバリ!を返せ!!」
「獄寺…く…ん…?」
獄寺の声に、は出ない声を絞りだす。しかし、次第にその声は小さくしぼんでいった。
未成年のはずの獄寺の口には、煙草が。両手には紐がでた筒―が、それをダイナマイトだと知るのはもっと後だった―を幾本も持っている。
には、兎に角獄寺が煙草をくわえていることがショックで仕方なく、だが助けにきてくれたことが嬉しく、複雑だった。
「なっ…!!ヒバリ…に何してる…?」
未だ押し倒したままの雲雀はどこか楽しそうに話をする。
「ご覧の通り…をこれから食すところだよ。」
「…から離れろ!!」
そう叫んで雲雀(と)に向かってダイナマイトを放とうとするが…。
「!……。」
点火する前のダイナマイトはポロポロと獄寺の足元に零れ落ち、獄寺は豪快に膝を付いた。手は自身の腹部にあり、ギュルルル…と音をたてる。
「獄寺君!!」
倒れた獄寺を見て舌打ちする雲雀。
「相変わらず…弱いんだね。」
から手を離すと、得物のトンファーを構え、獄寺にコツコツ…と歩み寄っていく雲雀。
「咬み殺す。」
「や…やめ…て…。」
―腰が抜けて…動けない…。
が必死に手を伸ばすが、それが雲雀を止めることはできない。
トンファーを掲げ、今にも獄寺に振りかざそうとする雲雀。
だが―。
「やめろ。ヒバリ。」
は、その声を確かにしっていた。確かに、知ってはいたのだが、その声よりも少し低い…というか、少し大人びた声が。
「遊ぶ時間はもう終わりだ。ヒバリ、獄寺とを帰してもらうぞ。」
この声は…。
「、大丈夫か。」
「え…ツナ、さ、ん?」
が見たツナ。それは、手には黒いグローブ、額にはオレンジの炎を灯した、普段より目つきが鋭いツナだった。そして、その足元にいたのは、あの日曜日に一回会ったっきりのリボーンだった。
ツナは、大きく開いた窓に足と手を掛けていて、どう考えても窓から入っていた。
「…君達、僕の邪魔するの?」
「邪魔じゃない。2人を助けに来た。」
ツナは、静かに言う。その手を握ると、手から額と同じ炎が発生した。は、思わずベットの上を後ずさりした。
「…ワォ。どっちでも同じだよ。」
獄寺は、トンファーの襲撃から逃れたものの、腹痛ですでに意識はなかった。
トンファーを静かに下ろした雲雀は、ツナを睨むと、一気に間合いをつめツナに襲い掛かった。その殺気は、今までが感じたことがないほど強いそれで、は恐怖に震えた。まるで、昨日までとは違う世界に来てしまったように。
ツナは、雲雀の殺気に全く動じず、雲雀の相手を無難にして見せた。
―今までと違う人達。優しかったツナさん。遅刻から助けてくれた、美少年雲雀さん。
―少し、口調が荒くて、喧嘩腰だけど、ツナさんに対して一途で、勉強を教えてくれた、私の好きな人、獄寺君…。
「みんな…私に見せてくれた姿は…嘘だったんだ…!!!」
ベットから突如立ち上がり、走り出す。
トンファーとグローブを交わらせていた雲雀とツナはピタリ、と動きを止め、が去っていくのを眺めていた。
本当に速く、リボーンが認めた足は、確かなものだった。
獄寺は目を瞑ったまま、動く気配すらなかった。
リボーンは、帽子に目を隠し、口を結んだまま。
―この、偽善者!!!
は、大粒の涙をこぼしながら走って雲雀の家を飛び出していった。
すでに雨は止んでいて、すっかり夜になっていた空は、の豪雨のような心を知らないように星を瞬かせていた。
のち、走りに走ってどうにか雲雀の家から自宅に戻ったは、ベットルームに閉じこもり、一晩泣き明かした。
もともと、誰もいない家ではあったが、とにかくベットルームの鍵をかけて、人が入れない状態にしないと耐えられなかった。
2008/08/02