「へー、武って野球やるのか」
「まぁな。そろそろ引退だし、試合一本、打つボール一球に、精一杯力込めて……明日も頑張るのな」
「……なぁ、明日の大会見に行ってもいい?」

これが、事の発端である。


「たーけしー!! ホームラン取れよー!」
人一倍声が大きいのは、はやりであった。
山本は、それに手を挙げて答える。
「キャー!! 武くんカッコイー!!」
「うっせー……だからやめとけって言ったんだ……」
「来なくていいって言ったじゃねーか……あ、もしかしてオレの身案じてくれてんのか? うわー嬉しいなー。悪かったな、気持ちに気付けなくて。明日あたり婚約指輪買ってくるから」
「テメェの身じゃなくて10代目の身を案じて来たんだバカ。」
「はぁ? なんだ、照れ隠しのつもりか? 可愛いなー昔から変わんねートコ、好」
「あ、始まった」
痴話喧嘩は眺めるだけで恥ずかしくなる。何せツナは喧嘩する獄寺との間にいるのだ。
挟まれる身にもなってほしい。
「山本どこかな……」
「ベンチじゃね? 最初は並中の攻撃だろ」
「あー……そっか」
打順は4番。流石山本である。


まったく、試合が終わってから結果聞けばいいだけの話なのに……
溜め息は灰色の煙と共に、熱狂の渦に取り込まれていく。
渦の中心にいるのは、幼なじみの変態。気分が悪い。
ボールを連発するピッチャーの腕を疑いながらも、やはりの声にひかれてしまう。
3日前、彼女に再会し、初めはかなり戸惑った。愛らしい外見の中に、獣のような戦闘能力を秘めていた幼女が、今では男のような格好と口調なのだ。それに、幼なじみのを置いて逃げた後ろめたさも、残っていないわけがなく、どう対応しようか困った。
しかし、家出については一言も触れられることなく3日が過ぎた。忘れるはずがない。あの頃から自分を求めてきたなら、誰よりも鮮明に覚えているはずなのだ。
どういう意図があって彼女が聞いてこないのかはわからない。かれこれ6……7年経とうとしている歴史を、漁る気がないだけかもしれない。
「ねぇ、おにーさん」
「んぁ?」
獄寺に声をかけてきたのは、少年だった。まだ小学生中学年くらい。黒髪だが、ところどころ跳ねている。
……何処かで会ったことがあるような気がする。
「隣、座っていい?」
垂れた眼が、じっと獄寺を見据え、返事を待っている。
「……好きにしろ」
「ありがとう、お兄さん」
そして少年は、獄寺の隣の席につき、観戦しはじめた。
「ん……っ!」
突然、ツナは身を強ばらせ、顔を真っ青にさせる。
「10代目? 大丈夫ですか……?」
「……うん、大丈夫」
ツナは、獄寺にそう言うが、辺りを見回して、何かを探すようだった。
カキーン……
バットにボールが当たり、大きな弧を描いて、観戦席に落ちていく。
悠々と塁を回っているのは、山本だった。
「あ、山本すごい……! ホームランだ!」
「武ー!」
「武くんサイコー!」
「さすが山本くん!」
ツナや、その前に座っている"山本武ファンクラブ"のメンバー達が口々に山本に歓喜の声を上げる。
「凄いですね、あの人」
「……」
「……さて、僕はもう行きますね。席を貸してくれてありがとうございました」
獄寺が無視したのは気にせず、少年は律儀に礼をし、獄寺の後ろを通って走って行った。
少年がの背後を通りすぎた時、少年はよろけ、の背中にぶつかる。
「ん…大丈夫か、お前」
「……はい。大丈夫です」
そして、また走っていく。
はそれをボウ、と見送るが、その直後、急に身を震わせ、ツナのほうに倒れ込んだ。
!?」
「う……寒い……」
両腕を抱き、歯を鳴らす。顔は青ざめ、眉は歪む。
まだ春の盛りの時期。寒いはずなどないのだが。
「落ち着け、ツナ、獄寺」
の左隣に座っていたリボーンは、ツナと獄寺に、を連れて家に行くよう促す。
「リボーンは?」
「オレは山本に言ってから行くぞ」
「……うん」
「世話かかせやがって、どうしたんだ、ったく」
獄寺は、「おい、。大丈夫か」と珍しく人の心配をする。
しかし、からの応答はない。
「っ、おい、!?」
「早く連れて行け」
リボーンが言う。獄寺はツナと、の肩を持ち、負担をかけないように、ゆっくりと歩いていった。
丁度、試合終了の合図が鳴った。



彼女が目覚めたのは3日後の昼だった。その間、は眠り続け、ツナ、獄寺、山本を騒がせた。

「……奈々さん、おはようございます」
「あら、ちゃん起きたの? 大丈夫?」
パジャマ姿でやってきたは、眠そうに欠伸をして、「ふぁい……」と返事をする。
! 心配したんだぞ! ほんとに大丈夫かよ!」
「大丈夫だって……あーでもまだねみぃ……」
フラフラとよろけ、尻餅をつく。それでもは眠たそうに目をこするだけで、3日前のあの様子はどこかに失せてしまった。
「あーもう……心配して損した……じゃあ、獄寺くん達に電話してくるから」
「あぁ……」
そしてツナは電話機のほうへ。そのかわり、リボーンがのほうへと近づいてきた。
「お前、六道骸を知ってるだろ?」
「……それが?」
「3日前、あの野球場にきてやがった。お前にぶつかったガキだ。……お前、骸となにか関係があるんじゃねーのか?」
リボーンは、普段と変わらない表情で、しかし尋問に近いような口調で言う。はそれに臆することなく、しかし、なにかを隠すようにリボーンから目をそむけながら、「ない。オレがあるデータは、ディーノのデータがすべてだ。」
「……そうか。ならいいんだがな」
リボーンはそれきり、なにも言わなかった。

ツナが電話して、数分で獄寺がやってきた
「10代目! はどこッスか!?」
「うるさい、そんなに必死こいて探さなくてもここにいるって、隼人」
はパジャマのまま、昼ご飯のドライカレーを食べていた。
「お前、人を心配させといて、何ヘラヘラと飯食ってんだよ!」
「だって3日なんも食ってねーし」
つーか、心配してくれたんだ。と、は獄寺に抱きついて、頬をすりよせる。獄寺は怒りかなにかで顔を赤くし、「心配なんかしてねーよ!」とさっきとは真逆のことを言ってみせた。
「照れ隠しなんかいらねーよ。素直になっていいんだぜ?」
「うるせー! おとなしく飯食え!」
「お前が作ったわけじゃないだろ?」
が笑って見せると、獄寺は本当に照れてる様子で、「うるせー!」と、帰ってしまった。
「あ、獄寺くん……」
珍しく、自分には一言だけ。
別に嫌と言うわけではないものの、少しびっくりしたツナであった。
その後、山本がまた慌ててツナの家に来る。
、大丈夫か!?」
「あ、武! いや、もう元気! ありがと。最後まで見られなくて悪かったな」
「いや、気にすんなって。ちゃんと勝てたし、何よりお前が元気になってよかったのな」
を見るなり、安心しきったようで、山本はいつもどおりの笑顔で空気を和ませた。
「……じゃ、オレまた練習あるから行くな。、もう少しちゃんと休んでおけよ?」
「わかった。じゃーな。武」
「あ、玄関までいくよ」
「サンキュ」
ツナは山本に玄関までついていき、山本はもう一度サンキュと言って、帰っていった。



……骸。
六道、骸。
その名のように、心が冷えきってることは、とうの昔に知ってる。
でもあの日、冷えきった心に、たしかに温度があった。自意識過剰だけど、この身をもって、知ったんだ。
ああ、奴は人間なのに、人間じゃないんだって。