黒曜ヘルシーセンター。かつては町のシンボルに近かった複合娯楽施設。しかし、今はその面影はなく、近所の不良の溜まり場となっていた。
だが、最近になると不良すらも近寄らなくなり、人の出入りはほぼなくなっていた。
六道骸率いる、転入生グループが来てからは。
住む場所がないのか、至る所に隙間風の侵入口があるセンターで寝泊りしているようだった。
最初は、何人かの不良が骸達を出し抜こうと夜間侵入する姿が見られたが、すぐに大怪我を負って逃げてしまう。
そして遂には転入生グループの砦となってしまったのだ。
しかし、今日センターに入っていったのは骸でも、城島犬でも、柿本千種でもない―
華奢な体の少女だった。
建物のなかは、損壊が激しく、今にも倒れてしまいそうだった。
それでも少女は上へと登り続け、3階の映画館までたどり着くと、入場口のドアを大きく開いた。
「…誰ですか、こんな夜遅くに。」
スクリーンがある場所から、声が聞こえた。少女は、冷めた声で答える。
「お久しぶりです、六道骸。お噂はしっかり聞いています。」
「…おや、君でしたか。本当に久しぶりですね。口だけは礼儀を守ってますが、無断で入り込む点と呼び捨てな点から見ると、という人間も、更生できなかったんですねぇ。」
骸と呼ばれた声の主は、スクリーンの影から姿を現した。
「そちらこそ、口調が敬語なのは相変わらずだね。」
少女―敬語を使うのをやめ、さっきよりは感情のこもった声を発する。しかし、皮肉めいた感情が。
「クフフ…そうですか?それはうれしいですね。」
だが、その皮肉は骸にはまったく通用せずに終わる。は気を取り直して、言葉を続ける。
「…そんなことより、骸。貴方には聞きたい事がある。」
「何ですか?」
「本当に実行するつもりなの?」
一瞬、骸の顔に緊張が走るが、すぐにもとの微笑に戻ると、
「はい、勿論です。」
と答えた。
「僕達が今、こうして生きている世界は、汚く、愚かだ。僕は嫌いなんですよ。この世界も、この世界に生きる全てのものも。」
は、骸の話を静かに聞いていた。同時に、必死に考えを巡らせていた。
「骸が言っていたことは分かる。この世界は、汚くて、愚かな世界。血に飢え、様々な黒い思想が巡り、ぶつかる。骸や犬、千種もその被害者だし、私も、現場を見てたんだから、それくらい知ってる。だけど、骸がこんなことしても、なんの解決にならない。骸も、骸達に酷い仕打ちをした人達と同類になる。それでもいいの。」
「…僕が、最後になってしまえばいい。逆に、僕以外に実行できる人間なんて、います?僕がやらなければいけないんですよ。」
骸の眼には、憎しみがこめられていた。は、それに圧倒されながらも、問う。
「…骸は、何が理想?」
骸は、少し考える仕草をしながら、言った。
「そうですね…最終的には、何もない世界…ですかね。争いも、何もかも、消えてなくなってしまえばいい。」
骸の言葉に偽りはなく、それは極稀にみる本心だった。
「では、。僕からも質問です。」


「どうしては、僕をそんなに止めようとするのですか?」


は、激しく反応し、厳しい顔つきになる。骸は聞いてきた割にさほど興味はないのか、映画館をウロウロしていた。
「それは…。」
「それは?」
しばらく口が開けないだったが、やがて深呼吸すると、骸に意味ありげな視線を送った。
「それは、骸が大事だから。」
「…おや?」
意外な答えに、骸が反応する。
「例えそれが出来るのが骸しかいないとしても、私は、この世界が愚かだという事実以上に、骸が大切なの…。」
涙をこらえるようなの眼が、骸を捉える。骸の顔からは笑顔が消え、静かな表情でを見ていた。
「…僕にとって、最重要事項は世界が終わりをむかえることです。が思うような感情にはなれない。何故なら、僕にはそういった経験がないからです。出来るものなら、一度は経験してみたかったですが、しかし、もう遅すぎます。」
少しずつ、しかし滑らかに言葉をつむぐ骸。その眼は、本心を隠していた。
「いつなら、間に合った?」
のその問いに、骸は冷たい声で返した。
「僕が六道輪廻の能力を手にする前…ですかね。」
『六道輪廻の能力を手にする前』骸にとってそれは、骸が生まれる前に等しい。それを受ける運命だったのだから。
その意味を、は正確に受け取っていた。だからこそ、それは零れた。
骸は、その顔を見ることはなく、に背を向けていた。
「…止めることは、できないんだね。」
「…はい。」
深い想いがこもった声。それが、骸に重くのしかかる。
「私は、骸に何もできなかった。」
「…。」
「私は、骸の力になれない。ならせめて、骸が間違った道を行かないように、誘うつもりだった。だけど、骸にとっては、それもお荷物なんだね。」
「…僕が出来るのは、こうしてがいう、間違った道へ歩んでいくことだけです。それが、僕の信じる道なのですから。…どうか、見ていて下さい。僕の道は、間違ってなどいないことを、証明してみせます。」
骸は、と向き合うと、意思表示の意味をこめて
「もし証明できたなら、に必ず連絡します。そのために…」
と、どこからか三叉の槍を取り出し、のすぐ近くにまで近づくと、その槍での頬を刺した。
の頬からは血が流れ、涙と混じり、流れた。
「この傷は僕との絆になります。なにがあっても、途切れることのない…絆。」
骸はそういいながら、の頬を拭った。骸の手にはの血が、の頬には骸の手の冷たさが残った。
「さぁ、今日は帰ってください。そろそろ、夜が明けます。犬や千種とは会えませんよ。会う必要もない。」
「…。」
は首を縦に振ると、す…と立ち上がり、映画館を後にした。
「…、君だけは巻き込みたくないんですよ。わがままな僕を、許してください。」
この一夜で、唯一骸が人間らしい感情をもった瞬間だった。

9月9日。ボンゴレ10代目と骸が死闘を繰り広げ、10代目が勝利を治めた日。あの時骸が使用した憑依弾は、10代目サイドの2人と、犬、千種以外にも効果をもたらしていた。
遠く離れた地で、浅い眠りに浸っていたにも、憑依していたのだ。
の右目に浮かぶ六の文字がなによりの証拠。
に憑依した骸は、の机で何かを探していた。そして、それを見つけた時、それにペンを走らせた。
それは5分で終わった。そして、憑依を終えた。
「…あれ、私…。」
―寝ていたはずなのに。
は、立った状態で眼を覚ましたことに、酷く驚いた。だが、すぐに目の前に置かれた封筒に、心を奪われてしまった。
「六道骸」の文字は、まさに骸の筆跡だった。は興奮したように封を切る。中には、数枚の手紙と、家で育てていたサネカズラの花びらが入っていた。花言葉は―再会。
『あれ以来、はどう過ごしていましたか?僕は、すでに存じているかもしてませんが、ボンゴレ10代目を探し出すために、犬と千種に手伝ってもらい、並中生を襲い続けてました。そして今、やっと対面することができました。まだ契約は済んでいませんが、それも時間の問題。に僕のおもちゃを紹介します。なので、今から黒曜ランドに来てください。着く頃には、契約も済ませ、彼は僕のものになっているでしょう。ここまでくれば、も僕の道をわかってくれますよね?そうなってくれることを願ってます。
また、会いましょう。』
「…骸。」
はウエストポーチに手紙を押し込み、走った。
黒曜ランドまで―。



「…なに、これ。」
そこには、死闘の跡だけが残っていた。骸も、犬も千種も、おもちゃもいなかった。
「骸…犬、千種…いないの?」
手紙を握り、頭の中の最悪の状況を振り払う。しかし、それ以外に骸達がいない理由はなかった。
「…骸ッ。」
もっと、必死になって止めればよかった。
そう自分を責め、やりきれなさに涙が止まらない。
きっと、復讐者に捕まってしまっただろう・脱獄囚が一般人を襲い。世界大戦のために、マフィアの体を乗っ取ろうとした。既に死刑のはずなのだから、尚更警備は厳しくなる。生きてこの日本にくることなんて、骸達の力を持ってしても出来ないことは目に見えていた。
「…寂しいよ、骸。私、独りになっちゃった。骸にいって欲しくなかったから…独りになりたくかったから、止めたのに。」



もう、会えない。



には、その現実が重く、受け入れるのが困難だった。裏社会で、独り生きていくことには慣れていた。慣れていたはずなのに、寂しいと思う。骸の存在は、に人間の感情を取り戻させる程に、大きかった。
手紙をボロボロと落とす。今のには独りになった悲しみに涙する以外に、何も出来ない。

泣き疲れ、腫れた目で辺りを見回す。そこで手紙を落としていたことに気付き、拾った。
「…!!」
その文章は、黒曜ランドへの招待状ではなくなっていた。
に言ったことと、正反対の結果になってしまいました。僕達はボンゴレに敗れ、復讐者に連れ去られ、今、そこに残ってるのは、僕とボンゴレが戦った跡のみ。を残して行く形になってしまい、お前はきっと泣いてるでしょう。
その涙で、この手紙の文字が滲んで見えなくなってしまう前に、伝えておきます。
僕にだって、隠してただけで、人間の感情があるということ。お前が僕に向けていた感情のように、僕もに夢中になっていたこと。しかし、その全てに気付いたのは、ボンゴレに敗れた瞬間だった。薄れていく意識の中、を想っていた。
僕は、犬達とまた、脱獄します。僕の目的は果せていないのだから。そして、直接、に伝えたい。手紙で終わらせるのは、勿体無いですからね。そのときまで、は待っていてください。
また、会いましょう。』
は、骸からの手紙を読むと、また一筋の涙を流した。しかし、もう悲しくはない。骸との約束は、を力強く支えていた。


また会いましょう

今まで書いた短編で一番長いはず。
骸をここまで愛してる人がいますかね…

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