突き刺すような冷たさの風が、の体を通り抜ける。その冷気をものともせず、はゆったりと並中の屋上のフェンスの外側で立っていた。
 の髪は闇の空に広がる乳白色の星雲のように広がり、瞬くように波打った。
 その星雲の先頭で光る緑色の宝石は静かに目蓋の中に隠れ、刹那

 は世界から姿を消した。


 行き先は、別世界の獄寺隼人の自宅。彼女の持つテレポート能力は、世界の裏側はおろか、同じ時間の異次元空間の内のひとつに移動することができる。それにも関わらず、が通う別世界では全てが3年間分ずれている。
 ツナの自宅は居候が大勢居すぎて、が存在するには都合が悪い。だから、事情を知る獄寺の自宅に飛んでいる。
 その世界に足を降ろした時には既に、人の視線を感じ取っていた。再び開かれた緑が、その人を捉える。
?」
 幾分か低い知り合いの声。にはこちらの声のほうが慣れ親しんでいる。
「こんばんは」
 微笑んでみたつもりだったが、わずかにこわばって、ちゃんと笑えたか確信はもてなかった。
 獄寺は、それを見てすぐにの方に駆け寄る。座っていた回転椅子はくるくる回り、机に備え付けてある蛍光灯の灯りだけの部屋の中、彼の顔は暗さと逆光で見えない。
「どうした? そっちの世界で何かあったのか?」
 は繕うことを諦め、小さく頷いた。そんなの頭を軽く撫でて、獄寺は机にを誘う。そして自分が椅子に座ると、自分の膝を指して言った。
「座れ」
「私、もう中学生……」
「いいんだよ、ガキ扱いなんかしちゃいねーんだから」
 躊躇うの手を引き、半ば強引に膝の上に座らせる。
「降ろしてください」
「いや」
「…………」
 不安定な膝の上。むくれていると、後ろから腕を通され、抱きすくめられる。ただし、本人はそう思ってはいないのだが。
「何しているんですか?」
「甘えてる」
「嘘、小さい私で遊んでるんでしょう」
「……思うんだが、それって完全にわかってていってるだろ」
「何がですか?」
「……もういい、大人しくされてろ」
 また強引に話を切られた。

 しかし、抵抗こそするが、はそれが嫌なわけではない。ただ、は自分が年相応に見られていないことが気に入らないだけで。実際はそういうわけではないものの、はそれに気付いていない。
 獄寺は優しい。他の人間にはそうでないことは知ってるし、それがどうしてなのかもわかっている。はそれをいいように利用している。大事にされることに飢えていたこともあり、こちらの世界の獄寺にすがれば欲しいものは大概手に入る。怯える必要もないし、獄寺もそれを良しとしているのだ。



「3年前の今頃は……あぁ、あれか」
 脇にある引き出しから、ノートを取り出し、パラパラと眺める。には見えないように、の視界より高い位置で。それは、の未来かもしれない出来事を隠す為で、がそれを求めない限り、獄寺は最低限のことしか教えない決まりになっている。
 それはリボーンが命令したこと、そしてが自ら望んだことだ。
「能力者狩り……懐かしい響きだ」
 ノートを閉じ、元のようにしまったあと、獄寺はの頭を優しく撫でた。
「やっぱりそっちでも……」
「あぁ、教育実習生が巻き込まれて、その後数夜に渡って出没している。もっとも、その期間中は、キャバッローネやボンゴレがこのあたりを回ってたから、一般人が怪我を負うのはあいつきりだったが」
 能力者狩りは裏社会の間でも危険視されている。今回、ボンゴレはやツナがいる並盛に出没したことを危惧したのだろう、通常の能力者狩り対策とは桁違いの人材を投入したという。
「それで……」
「すぐに終わるさ。は、ただ時が解決してくれるのを待てばいい」
「本当ですか? 貴方や、ツナさんは……」
「安心しろ、何も知らないうちに終わった。今の話は、後からリボーンさんから聞いたことだ」
 それを聞いて、は安堵の息を漏らす。
「私の世界でも、そうなったらいいな」
 目を閉じ、獄寺の体に身を委ねる。
 獄寺は何も答えない。何も答えない代わりに、大人しくなったの頭を撫でた。
 それに身動ぎするも、はもう反抗せず……獄寺の膝の上で眠りについた。


 眼を覚ましたら、体は暖かい布団に包まれていた。微かな苦い匂いに、は今の状況を全て思い出される。
 外はまだ薄暗い。けれど、この季節の薄暗さは時間の目安にはならない。
 体を起こすと、脇の机にうつ伏せになって眠っている獄寺が視界に入る。銀髪に顔が隠れて表情は伺えないが、規則的な寝息は確かに眠っている。
 にかけられていた毛布を獄寺にかけ、じっと獄寺を見つめるが、彼は全く反応を見せなかった。
 寒さに身震いし、並中の冬服を思い出す。今日も授業はある。無断で休んではツナ達に心配されるだろう。はこの世界の獄寺に書き置きを残し、本心を否定して元の世界に音もなく帰っていった。
 自宅の寝室についたは、軽くシャワーを浴び、髪を乾かすのもそこそこに頭の高い位置でひとつに結った。学校に着く頃には乾いているはずだ。そうしている間にも日は登り、微かに外の音が賑やかになりだした。その音が、の部屋の無機質さを際立たせる。
 ボンゴレは何でも用意するとリボーンは言っていたものの、人が生きるのにどれだけの物が必要なのか、はほとんど忘れていた。それ故に、まだ全ては揃っていない状態だ。テレビも電話もない。充実しているのは、料理用品の類いくらい。
 別世界でのツナや獄寺の家を見て、物が少ないことには気付いていたが、ツナの部屋は余計なものが多く、獄寺の家を見ても、には不要なものばかり。参考にはできないのが実際のところだ。
 人を呼ぶ機会はないから、自身はそれでも良いと思うのだが、それと同時に、自分がこの環境から浮いているような気がして寂しさも感じている。
 白い壁が目立つ部屋は、を守る場所ではあるが孤独を感じる場所でもあった。
 は身震いし、自らを急かすように床を蹴って玄関をくぐりぬけた。
 アスファルトを足で叩く。ローファーの硬い音が街に溶けていく。そこでようやくの足の運びは緩やかになった。
 コートやマフラーを纏うサラリーマンや学生達。その中にいる自身。身体的な特徴など問題ではない。はその空間の中に溶け込んでいた。ごく普通の空間に当たり前のように存在している。はそのことが本当に心地よかった。

 望んで能力を手にいれたわけじゃない。今までしてきたことは、私ができる最大限の努力だったけれど、後悔は大きい。その結果がこの現実なら、私はずっと大事にしていきたい。
 そして、この現実が何らかの理由で脅かされているのなら。

 私は、戦いたい。それが、誰かの望まない決断だとしても。

 しかし、は拳を握らない。代わりに、微かに震えを帯びた手があった。
 それでも日常は続く。脆いものでありながら、ずっと昔からそうだったように。

 突き刺すような冷たさの風が、梓の体を通り抜ける。その冷気をものともせず、梓はゆったりと並中の屋上のフェンスの外側で立っていた。  梓の髪は闇の空に広がる乳白色の星雲のように広がり、瞬くように波打った。  その星雲の先頭で光る緑色の宝石は静かに目蓋の中に隠れ、刹那  梓は世界から姿を消した。  行き先は、別世界の獄寺隼人の自宅。彼女の持つテレポート能力は、世界の裏側はおろか、同じ時間の異次元空間の内のひとつに移動することができる。それにも関わらず、梓が通う別世界では全てが3年間分ずれている。  ツナの自宅は居候が大勢居すぎて、梓が存在するには都合が悪い。だから、事情を知る獄寺の自宅に飛んでいる。  その世界に足を降ろした時には既に、人の視線を感じ取っていた。再び開かれた緑が、その人を捉える。 「梓?」  幾分か低い知り合いの声。梓にはこちらの声のほうが慣れ親しんでいる。 「こんばんは」  微笑んでみたつもりだったが、わずかにこわばって、ちゃんと笑えたか確信はもてなかった。  獄寺は、それを見てすぐに梓の方に駆け寄る。座っていた回転椅子はくるくる回り、机に備え付けてある蛍光灯の灯りだけの部屋の中、彼の顔は暗さと逆光で見えない。 「どうした? そっちの世界で何かあったのか?」  梓は繕うことを諦め、小さく頷いた。そんな梓の頭を軽く撫でて、獄寺は机に梓を誘う。そして自分が椅子に座ると、自分の膝を指して言った。 「座れ」 「私、もう中学生……」 「いいんだよ、ガキ扱いなんかしちゃいねーんだから」  躊躇う梓の手を引き、半ば強引に膝の上に座らせる。 「降ろしてください」 「いや」 「…………」  不安定な膝の上。むくれていると、後ろから腕を通され、抱きすくめられる。ただし、梓本人はそう思ってはいないのだが。 「何しているんですか?」 「甘えてる」 「嘘、小さい私で遊んでるんでしょう」 「……思うんだが、それって完全にわかってていってるだろ」 「何がですか?」 「……もういい、大人しくされてろ」  また強引に話を切られた。  しかし、抵抗こそするが、梓はそれが嫌なわけではない。ただ、梓は自分が年相応に見られていないことが気に入らないだけで。実際はそういうわけではないものの、梓はそれに気付いていない。  獄寺は優しい。他の人間にはそうでないことは知ってるし、それがどうしてなのかもわかっている。梓はそれをいいように利用している。大事にされることに飢えていたこともあり、こちらの世界の獄寺にすがれば欲しいものは大概手に入る。怯える必要もないし、獄寺もそれを良しとしているのだ。 「3年前の今頃は……あぁ、あれか」  脇にある引き出しから、ノートを取り出し、パラパラと眺める。梓には見えないように、梓の視界より高い位置で。それは、梓の未来かもしれない出来事を隠す為で、梓がそれを求めない限り、獄寺は最低限のことしか教えない決まりになっている。  それはリボーンが命令したこと、そして梓が自ら望んだことだ。 「能力者狩り……懐かしい響きだ」  ノートを閉じ、元のようにしまったあと、獄寺は梓の頭を優しく撫でた。 「やっぱりそっちでも……」 「あぁ、教育実習生が巻き込まれて、その後数夜に渡って出没している。もっとも、その期間中は、キャバッローネやボンゴレがこのあたりを回ってたから、一般人が怪我を負うのはあいつきりだったが」  能力者狩りは裏社会の間でも危険視されている。今回、ボンゴレは梓やツナがいる並盛に出没したことを危惧したのだろう、通常の能力者狩り対策とは桁違いの人材を投入したという。 「それで……」 「すぐに終わるさ。梓は、ただ時が解決してくれるのを待てばいい」 「本当ですか? 貴方や、ツナさんは……」 「安心しろ、何も知らないうちに終わった。今の話は、後からリボーンさんから聞いたことだ」  それを聞いて、梓は安堵の息を漏らす。 「私の世界でも、そうなったらいいな」  目を閉じ、獄寺の体に身を委ねる。  獄寺は何も答えない。何も答えない代わりに、大人しくなった梓の頭を撫でた。  それに身動ぎするも、梓はもう反抗せず……獄寺の膝の上で眠りについた。  眼を覚ましたら、体は暖かい布団に包まれていた。微かな苦い匂いに、梓は今の状況を全て思い出される。  外はまだ薄暗い。けれど、この季節の薄暗さは時間の目安にはならない。  体を起こすと、脇の机にうつ伏せになって眠っている獄寺が視界に入る。銀髪に顔が隠れて表情は伺えないが、規則的な寝息は確かに眠っている。  梓にかけられていた毛布を獄寺にかけ、じっと獄寺を見つめるが、彼は全く反応を見せなかった。  寒さに身震いし、並中の冬服を思い出す。今日も授業はある。無断で休んではツナ達に心配されるだろう。梓はこの世界の獄寺に書き置きを残し、本心を否定して元の世界に音もなく帰っていった。  自宅の寝室についた梓は、軽くシャワーを浴び、髪を乾かすのもそこそこに頭の高い位置でひとつに結った。学校に着く頃には乾いているはずだ。そうしている間にも日は登り、微かに外の音が賑やかになりだした。その音が、梓の部屋の無機質さを際立たせる。  ボンゴレは何でも用意するとリボーンは言っていたものの、人が生きるのにどれだけの物が必要なのか、梓はほとんど忘れていた。それ故に、まだ全ては揃っていない状態だ。テレビも電話もない。充実しているのは、料理用品の類いくらい。  別世界でのツナや獄寺の家を見て、物が少ないことには気付いていたが、ツナの部屋は余計なものが多く、獄寺の家を見ても、梓には不要なものばかり。参考にはできないのが実際のところだ。  人を呼ぶ機会はないから、梓自身はそれでも良いと思うのだが、それと同時に、自分がこの環境から浮いているような気がして寂しさも感じている。  白い壁が目立つ部屋は、梓を守る場所ではあるが孤独を感じる場所でもあった。  梓は身震いし、自らを急かすように床を蹴って玄関をくぐりぬけた。  アスファルトを足で叩く。ローファーの硬い音が街に溶けていく。そこでようやく梓の足の運びは緩やかになった。  コートやマフラーを纏うサラリーマンや学生達。その中にいる梓自身。身体的な特徴など問題ではない。梓はその空間の中に溶け込んでいた。ごく普通の空間に当たり前のように存在している。梓はそのことが本当に心地よかった。  望んで能力を手にいれたわけじゃない。今までしてきたことは、私ができる最大限の努力だったけれど、後悔は大きい。その結果がこの現実なら、私はずっと大事にしていきたい。  そして、この現実が何らかの理由で脅かされているのなら。  私は、戦いたい。それが、誰かの望まない決断だとしても。  しかし、梓は拳を握らない。代わりに、微かに震えを帯びた手があった。  それでも日常は続く。脆いものでありながら、ずっと昔からそうだったように。