超能力――
獄寺は、初めて超能力を直接認めた。その存在を、認めざるを得なかった。ぼやけた思考の中で、それだけがくっきりと輪郭を持っている。消えた能力者狩りが、さっきまで確かに存在していた空間を睨んで、彼は身震いした。
「大丈夫?」
膝を突き、獄寺と視線の高さを合わせてから、カナデは聞いた。
「…………」
一度眼を合わせ、すぐに顔を背けて無視を決め込む。元々満足に声は出ない。
「まったく……リボーンさんに聞いた通りね。そんなんじゃ社会生活不適合者になっちゃうよ?」
「……リボーンさん?」
聞きなれた音に、意識を全て奪われてしまい、後半の言葉は耳に入らなかった。
「もうすぐ来るよ、リボーンさんも、沢田綱吉君も」
獄寺が顔を正面に向けると、カナデは少し目を細めて微笑んだ。
「……テメェ、誰だ」
掠れた声を発しながらも、敵意は剥き出しだった。それに対して、カナデは変わらず柔らかく微笑んでいる。
「私はボンゴレファミリーのカナデです。今回はリボーンさんに、超能力者が出たと連絡を頂いたので本部から来日しました。スモーキン・ボム、獄寺隼人君だよね」
突然出たボンゴレという言葉に警戒を解きそうになったが、すぐに目を再び光らせ、カナデを睨み付ける。
「んなの信じられるか」
「用心深いなぁ、獄寺君は……でも、さっき見てわかったでしょ。貴方の敵である能力者狩りと、私は敵。敵の敵は味方という言葉があるじゃない。だから私は貴方の味方」
「そんな単純な考えが通用すると思ったのか?」
獄寺の言葉を聞き、カナデは小さく溜め息を吐いた。
「あーもう、面倒臭いな……」
カナデは立ち上がりながら、腕を組んだ。
「じゃあ、リボーンさん達が来るまで待つしかないわけね」
待つも何も、こんな時間に彼らが起きているとは思えない。もう夜明けが近い時間だ。それに気付いて、刹那のように過ぎた能力者狩りとの邂逅が何時間にも及んでいたことを知った。
「にしても弱いのね」
カナデが放った言葉に、疑問符を投げる。
「あぁ?」
「あの程度の人に殺されかけて、よくスモーキン・ボムとしていままで生きてこれたわ。完全に名前負けしてるじゃない」
「それとも……今までの生活で平和ボケしたとか?」
「んだと……ゲホッ」
まだ喉を絞める感覚が離れない。
「あらあら、しっかりしてよ」
クスクスと声を漏らすように笑い、また獄寺の前に座りこんだ。
「でも……私もこんな感じだったか」
睨み付けるのも無意味。カナデはマイペースに言いたい放題だ。
「あ、きたきた」
カナデが指差す方を見ると、遠くから走ってくるひとつの影が見えた。
それがだんだん近くなると、よく知っている人物ふたりだということに気付く。
「10代目! リボーンさん!」
「獄寺君!」
ツナが獄寺の前にたどり着くと、ツナの頭に乗っていたリボーンがくるりと一回転して音もなく地面に着地した。
「よかった、無事だったんだね!」
「えぇ、当然です!!」
獄寺はそう言いつつも、大きな咳を吐き出す。
「獄寺君!?」
「大丈夫です……こんなの、すぐに治ります」
獄寺が笑うと、ツナは安心したように微笑んだ。
「……で、この人は?」
ツナの視線はカナデに向く。その瞬間、彼の目に恐怖が浮かんだように見えた。カナデはそれに気付いてツナに微笑むと、片手の方天画戟を地面に置いて恭しく一礼する。
「私はボンゴレファミリー能力者保護班のカナデ・テイです。今回はリボーンさんの命により来日致しました。リボーンさん、ご無沙汰しています」
「あぁ、何年振りだろうな」
「え……つーことは、マジでコイツはボンゴレなんですか!?」
カナデは笑う。リボーンは頷き、
「まさか、お前カナデを敵だと勘違いして攻撃したり……」
「してません!!」
「お会いできて光栄です。10代目」
獄寺が騒ぐのを無視し、カナデはツナを呼ぶ。一度はきょとんとするツナだが、その言葉を理解すると
「あ、いや……違うんです!」
両手を振って、必死に否定する。
「はい……?」
「オレは10代目なんかじゃないんです!」
「しかし、リボーンさんはここに10代目を連れてくると仰られていましたが」
「そいつに畏まる必要はないぞ、カナデ」
ツナをここまで連れて来たリボーンが、口の端をつりあげて、カナデに言った。
「確かにツナは将来10代目になるためにオレの指導を受けているが、ツナはまだ10代目にはなってねぇ。今は適当に扱っておかないと、傲慢になっちまう」
「リボーン! オレはマフィアにはならないからな!」
実際に聞いていた話と大幅に違うのか、カナデは首をかしげてリボーンに聞く。
「……こう言ってますが」
「ツナなりの照れ隠しだ」
リボーンは可愛げもなく笑い、カナデはそれに頷いた。
「なるほど、ジャッポーネの謙遜癖ですね」
「謙遜なんてしなくてもいいんですよ!」
「いや、謙遜じゃないし……」
獄寺には、顔に線を浮かべているツナの表情は見えていない。
「能力者狩りには会えたか? カナデ」
「はい。まさにどんぴしゃりでした」
「んなワケあるか」
嬉々として語るカナデに、冷たく突っ込む。獄寺がこれほど危ない状況まで追い込まれたというのに、何がどんぴしゃりだ。
「けど、あれより遅かったら貴方は今頃生死をさ迷ってるはずよ」
「そういうのはどんぴしゃりじゃなくて、ギリギリって言うんだっつの」
「煩い」
喉の違和感はなくなり、カナデにぐだぐだと絡むようになる獄寺に、リボーンは冷たく言い放つ。
「……すいません」
「で、そいつはお前が知ってる奴だったか?」
「えぇ」
微笑を浮かべ、彼女は続ける。
「つまり、日本にいるのは能力者狩りのトップなわけだな」
「え……?」
ツナと獄寺の声が重なる。リボーンの言葉を引き継いだのは、カナデだった。
「能力者狩りを束ねている、リーダー格だと思われる男です。そして、唯一ボンゴレに顔が割れている男。もっとも、それを知っているのは私含めて、ボンゴレ能力者保護班の中の一握りですが」
そして、こうも続ける。
「今はボンゴレにいるスモーキン・ボムが狙われたのだから、あなた方も能力者を見知っているはずですね」
「それはどうだろうな」
ツナと獄寺が、どちらともなしに口を開こうとすると、リボーンが先に言った。
「……そうですか。でも、きっとあなた方の知り合いに能力者がいるはずです。秘密にしているだけで、実は能力を有している人」
獄寺は息を飲んだ。の能力は、専門とも言えるカナデでさえ知らない。
リボーンは何を思って、カナデにのことを明かさないのか。
「あの……」
「はい」
「その……獄寺君を襲った能力者狩りのトップってどんな人なんですか?」
「そうですね……」
眼を少しだけ伏せた後に、リボーン、ツナ、獄寺の順に視線を巡らせる。
「彼は裏社会の中で懸賞金がかけられています」
「え……?」
「裏社会でも、まだ超能力者の存在はよく知られていません。その為、それ以外の人間には只の無差別殺人にしか見えないのです。だから危険視されて、通常は考えられない懸賞金というものが懸けられています」
同じ懸賞金でも、現実社会とは違う類いに分類され、漫画の如く"DEAD OR ALIVE"の状態だと言う。
「その懸賞金がどこから出ているのか……私にはわかりません。私より上の人は感付いているようですけどね」
「どれくらい懸けられているんだ?」
リボーンの問いに、カナデは首を横に振る。
「知りません。興味がないので」
「知らねって……」
「お金の為に彼を捕まえるわけじゃないもの。私が捕まえたら、然るべき場所へ引き渡すだけ」
方天画戟を拾い上げ、カナデは三人に目配せする。
「では、私は行きます。皆さんはくれぐれもご注意下さい。私は能力者保護班であって、超能力の類いを有していない貴方方を保護する権限はありませんので」
「ハッ、ハナからそんなつもりは毛頭ねーよ」
「死にかけた犬がよく言うわ」
獄寺が額に血管を浮かせながらカナデに掴みかかろうとするのを、ツナがどうにかとめる。きっかけであるカナデは楽しいのかにっこり笑い、
「では、お元気で」
と駆け出す。
「ちょっ、待てテメェー!!」
獄寺の声は、夜明け前の町に不自然な程よく木霊した。