酷いことを言われたものだと思う。かなり考えた末の結論だったのに、簡単に拒絶されてしまった。その理由は明確だけれど、彼女にはそれを悟らせてはいけないのだ。正直、かなり面倒臭い。だが、リボーン曰くきちんと段階を踏まないとは心を開かないのだからどうしようもなかった。
 怒鳴りつけたい気持ちを抑え込み、なんとかその場を切り抜けた。とは言え……あの一瞬は、を守るというよりはただ、純粋に傍にいたかっただけなのかもしれない。
 あの場に獄寺がいたことで、の今後が大きく変わることはないだろう。それよりも、獄寺はの警戒心を解いてやりたかった。それができたかどうかはわからない。を余計に疲れさせただけかもしれない。そんな気ばかりがぐるぐると回って、あの日以来、守るどころか話しかけることができなくなった。
「……ったく、掻き乱されすぎだろ」
 獄寺は、自分がに対して抱いている奇妙な感情の正体に気付いていた。初めは、まだこんな感情を持ち合わせていたのか、といたく感動したものだ。
 それが今になっては、杞憂の原因になったり、ささやかな気遣いがうまくいかなかったりして、少し邪魔だなと思っている。
 なんで好きになったんだろう。教えられたわけでもなく、この胸が渦巻く状況を恋だと知ったのは、のことを好きになったからだろうか。
 だとしたら、いくら邪魔でも、彼女が好きだという感情は抑えたくない。
 10代目も、も、同じように守りたいと思うが、そこに理由として存在する状況はまるで違った。10代目であるツナは、ただまっすぐに守るべき存在だと思える。拒絶されても、そういうものだからと突き通せる。けれどの場合は、一言否定されるだけで、怯んでしまうのだ。まるで、獄寺に守る権利はないと言われたような気がして。
「……寒っ」
 くしゃみをひとつ。マフラーを口元まで上げて夜道を歩いた。早く帰りたい。こんなくだらないことを考えてしまうのは、きっと寒いせいだ。
 うっかり煙草を切らしてしまい、危険を承知で買いに行った帰りだ。何しろ煙草がなければ戦うこともできない。
 とはいえ、呑気にぶらつくのはよろしくなかった。それを深く反省することになったのは、もう少し後だ。
 背後に微かな殺気を感じ、咄嗟に振り返ると、視界を左右に割くように一筋の線が走った。
「っ!!」
 地面を蹴って、後ろに引くと、それに合わせて殺気が向かってきた。
「死ね」
 獄寺は、心臓目がけて伸びる鎌を払ってかわすが、絶えず鎌の追撃は続き、獄寺に攻撃させる暇を与えなかった。鎌の重さを感じさせない動きに、獄寺は冷や汗を浮かべる。
「能力者狩りか……っ」
「なんだ、知ってやがったのか」
 突然、攻撃の雨が止む。獄寺は息を切らせながら、向かい合っている男に目を向けた。
 男は、真っ黒なローブを羽織り、フードを被って顔を隠していた。口から舌の部分が辛うじて見える。
「いかにも、オレ様とその他大勢は能力者狩りと呼ばれている」
 男の口の端が持ち上がると同時に、片手の大鎌の刃が鈍く光る。
「では、お前が殺された理由はわかるな?」
「何言ってやがる。オレは死んじゃいねー」
「すぐに過去形になるから言ってんだよ。オレ様が悪童スモーキン・ボム相手に手こずると思うか?」
 獄寺の眉間の皺が深くなる。
 薄ら笑いを浮かべ、男は鎌を180度回し、別の形状をした武器を獄寺に向けた。
「これが何だかわかるか?」
 槍の形をしたもののに、三日月型の刃が2つついているその武器。獄寺にとって、初めて対峙する武器だった。獄寺は、それに臆することなく無言で左右の手にダイナマイトを構えた。
「コイツに3つも刃があるのがわからないようだな。ダイナマイトなんて、導火線さえ切れば怖かない」
 中国に伝わる、方天画戟と呼ばれるその武器と、大鎌がひとつの棒についている。常人では振り回すことなど容易ではないというのに、男は見せ付けるようにそれをやってのけた。
 さぁ、と男は軽く一歩踏み出す。体を前に倒しながら、もう一歩、今度は強く踏み込んで一気に獄寺との間合いを詰めた。
 方天画戟の槍が獄寺の喉元を狙う。獄寺はそれを横に避け、男の脇腹に足を叩きつける。
「ぐ……っ」
「果てろ」
 男が怯むうちに間合いを取り、手一杯のダイナマイトを放った。男の頭上にダイナマイトが広がり、男はどう逃げても爆風に直撃してしまうという状況下に陥っていた。男は目を見開き、呆然とダイナマイトを見上げていた。
 獄寺は勝利を確信した。これで、大事な人を守れただろうか。獄寺は眼を閉じ、そっと二人に思いを馳せる。
 しかし、とっくに導火線の火が筒の火薬に引火している時間となっているのに、爆発音はしなかった。不思議に思い眼を開けようとすると、首が鋭い金属に触れた。
「ガッカリだ。超能力者のことをご存知なら、こうなる可能性は常に考えとくんだな」
 背後から、男の声がする。
「ま、能力者狩りが能力者だなんて、誰も思わないか」
 足元に、ダイナマイトが転がる。
「お前の注意力のなさが招いた結果だ。唯一オレ様の能力を見破った麻里双夜は、怪我をしただけで助かったからな」
「麻里……やっぱり。テメェがやったのか」
「アイツがあれほどの実力をもっているのを知っていたら、襲おうなんて思わなかったさ」
「そんなの負け惜しみだろ」
 男は鼻を鳴らし、そうかもなと言った。
「だが、麻里双夜は特例だ。本来なら最優先に始末したいところだが、もうとっくに時効が来ている」
「時効……?」
「おっと、少し話しすぎたな」
 首にあたる槍が深くなる。ギリギリ切れるか切れないかのところだ。
「よし、最期に一つ付け足してやろう。オレ様に殺されるのは幸運なんだぞ? このまま生き続けても、結局はによって殺される」
「…………」
「恨むならを恨め」
 武器の気配が消えた。獄寺は振り返りもせずに前に走り出す。
「あぁ、そういやオツムはそこそこキレるんだった。今のは賢明な判断だな」
 男は、鎌を獄寺の首があった位置に固定させていた。
「お前は大した脳ミソを持ってないようだな、差別で能力者を狩るなんてバカらしい」
「誰が差別なんて言った?」
 男は肩を竦める。しかし、その後何かを思い出したようにあぁ、と呟いた。
「確かに表向きの目的は単なる差別だな」
「表向き……だと」
「これ以上話す気はない。に関わる以上、お前にはに気付かせる為の生贄になってもらう」
 男は鎌を振り回し、獄寺に詰め寄る。獄寺が一歩後退りしたところで、一気に距離を埋めた。
「うっ」
 男との距離を取ろうと後ろに跳ぶが、そこは建物の壁があった。頭を打ち付け、地面に座りかけたところで、喉を男の手によって閉められる。
「さ、これから自分の眼で全身が見られるぞ。勿論すぐに死ぬわけだが」
「…………う……」
 ローブから出た、男の腕に爪を立てる。引っ掻いても、男の手が緩むことはない。視界は霞み、思考回路はぼやけていく。
「憐れだな、一般中学生の命を奪うのは初めてだ」
 鎌を構え、首の関節の位置を測る。麻痺していく体の中で、首だけは感覚が敏感になっていく。
「せめてもの慈悲だ。一瞬で楽にしてやる」
 口を三日月型に歪め、鎌に勢いをつける。
「Adio,悪童」
 遠くなりかけた意識の中、男がそう言ったように聞こえた。
 しかし、いつまで待っても、槍が首をはねることはなく、それどころか、首に強い衝撃を伴いながらも男の手から解放された。
「ガハッゲホッ」
 膝を突き、激しく咳き込む。喉が焼けてしまいそうだ。それでも、冷たい空気が肺を満たすと少しだけ楽になった。
「……よかった。間に合ったのね」
 顔をあげると、細身のパンツを履いた女性が獄寺の前に立っていた。顔は能力者狩りのほうにむけていたのでわからないが、髪は肩までの黒髪で、薄手のジャケットが寒そうに見えた。当の謎の女性は、そんなのをおくびにも出さず、男と対峙しているが。
「カナデ、また邪魔しに来たのか」
「当然です」
 彼女は、右手を男の方に突き出し、人差し指を向けた。
「あなたにはもう……誰も殺させない」
 右手に方天画戟を握って、男と女は同時に地を蹴った。
 不思議な光景だ。
 敵同士と思われる男女が、似たような……最早同じと言える武器を得物としている。しかも、そのふたりは敵とは違う間柄のような、そんな風に獄寺には見えた。
 それなのに、彼らは互いの方天画戟を交じらせて高い金属音を鳴らしている。
 さっきまで当事者だったはずの獄寺は、傍観者のように二人の戦闘シーンを見渡せるほど外れたところで喉をおさえて、時々咳き込んでいた。
「誰も殺させない? それがより大きな被害を呼ぶと言うのにか?」
「貴方の方法は間違っている」
 カナデの武器に鎌はついていない。柄は藍色で、所々真っ黒な斑点がついていた。
「なら代替案を出してくれ。無理なら必要悪と認めてそこを退くんだ」
 男は淡々と言い、槍の脇についた刃でカナデを襲う。
 カナデはそれを軽く見切り、柄で受け止め、同じように刃を向けた。
 男は、力任せにカナデを方天画戟ごと突き飛ばし、その反動で背後に飛び距離を置いた。
「くっ」
 方天画戟を支えに後退りすることなく踏み留まったカナデは、棒高跳びの容量で跳び上がり敵の真上を取る。
 しかし男は、何の前触れもなくそこから姿を消した。
「はぁ……!?」
 次に認識したのは、カナデがいるところの高い金属音。男がカナデの上で鎌をカナデの方天画戟と交じらせていた。
 そして、カナデは彼の下敷きとなって地面に叩きつけられる。鈍い音が獄寺の耳に届いた。
「死んだわけないだろ? 立ち上がれ。さもないとアイツが死ぬぞ」
 男がカナデの上から退き、ゆっくりと獄寺のほうへ近づいていく。
 カナデはぐったりとして、動かない。
 獄寺は火のついた煙草をくわえ臨戦態勢に入るが、慣れているはずの煙に咳き込み、煙草を落としてしまった。
「早くしないと。ほらもう刃先が届きそうだ」
 広がる殺気は、男が目の前にいることを知らせる。閉じかけた視界の中に、鈍く光る鎌があった。そして、視界の隅には倒れて動かないカナデの姿が――
 なかった。
「待ちなさい!!」
 男の体は横に吹っ飛び、代わりに目の前に立ったのは、肩で息をしているカナデだった。
 あげていた足を下ろし、口端から流れる血を拭いながら、いつの間にか投げ上げられていた方天画戟を受け止めた。
「さっさと降伏を認めなさい」
 地面に倒れたところを起き上がろうとしていた男に一瞬で詰め寄り、カナデは得物を彼の喉元にあてがった。
「脅しにもならない」
 朗らかな声で言った男は、一瞬で転がっていた彼の武器の元へ移動した。
「わかりやすすぎて呆れてしまいます」
 カナデは驚くことも迷うこともなく男へと走り、
「脅しではなく、誘導ですよ」
 と足を振り下ろし、男が拾い上げた武器の柄と交じらせた。
「興味ないけどな」
 男はカナデを弾き飛ばし、よろめくカナデの顎に方天画戟の柄を掛けた。
「生憎、お前ばっかりは殺せないんだよ。頼むからそれを知りながらコイツを庇うのをやめてくれ」
 声で愛撫しているような男に、カナデは笑う。
「貴方が私を殺せようと殺せまいと、それは人を守る理由ではありません」
 彼女は顎に掛けられた柄を左手で掴み、短く持った方天画戟を男の下腹部に突き刺した。
 男はすぐに気付き後ろに引いたが、残像のようになびいたローブは刃に引っかかり、音を立てて裂ける。
「偽善を語るように見えるでしょうが、これ以上被害者を増やしたくないだけです」
 裂けた部分から覗く足は、カーゴパンツのような服に包まれているものの、がっちりと筋肉がついていることは明らかだった。
 男は軽く舌打ちをし、ローブを剥ぎ取って投げ捨てる。
 獄寺はローブから現れた人物を一瞥し、目を見開く。そして、男とカナデの姿と見比べた。
 二人とも同じ黒い髪を持ち、同じ紫の瞳で世界を見ている。髪型は違うし、年の差は大きく見えるが、それを考慮に入れても驚く程似ているのだ。
「折角リーファがオレ様のサイズに合わせて作ってくれたのに……勿体無いったらない」
 そう言う割に、男の顔には笑みが浮かんでいる。その笑みは、純粋な子供のようでありながら、そういう
「困ったな……この格好で彷徨ってたら、能力者狩りの証拠になりかねない」
 能力者狩りの視線が一瞬獄寺に向き、鋭くなる。それに肩を強ばらせると、すぐにその視線はカナデの方へ行った。
「ま、殺人容疑のままならお前等の証言があっても問題ない。夜明けも近いし、一回引いてやろう」
「まっ……」
 待て、と言おうとしたところで咳き込み、言葉が続かない。
「待ってやるものか。またローブを新調したら会いに行ってやるよ」
「ローブなんていらない。そのまま能力者狩りはやめて下さい」
「無理」
 その言葉を最後に、能力者狩りは跡形もなく消え去った。
 音はなく、最初からそこには何もなかったように。