「はよ、
「獄寺……おはよう」
 うつ向いていた顔を上げると、仏頂面の獄寺が立っていた。
 獄寺から挨拶など、珍しい。いつもはが声をかけないと、滅多に話さないのに。
「元気ないな、どうした?」
「あー……うん、寝不足」
 能力者狩りの来襲。それが確信になったあの日から、はほとんど寝れずにいた。それは、かつてイタリアにいた頃に感じていた恐怖がぶり返していたからでもあり、並盛の人々を巻き込んでしまった背徳感からでもあった。結果的にそれらが相乗して、かつての不眠症より重度のそれになってしまったようだ。
「寝不足? 保健室にでも行けばいいじゃねーか」
「ううん……ここで大丈夫」
 リボーンに、学校から離れたいと言った。しかし、それはいつものように欠席する以外は許さないと突き返されてしまった。
 今思えば、学校から離れたところで危険が回避できるわけでもなく、並盛がおかれた状況も改善されない。何も変わらないなら、少しでも心を落ち着かせられる学校にいたほうがいいのかもしれない。
 同じ学校でも、静かな保健室にはあまり行きたくなかった。昼に能力者狩りが襲うことはないとわかっていても、だ。
「……そうか」
 獄寺は、の前の席に横向きで座り、足を組む。
「わ、獄寺とさんが……」
「凄い絵になるよねぇー」
「そういえばバンド以外ではあんまり一緒にいなかったよね?」
「いや、さんはたまにツナ達の輪に入ってた」
「あれって、山本もいたよな。凄いよな、美男美女そろって」
「なのに……さ」
「なんでツナいるんだろうね」
「聞こえてんぞテメー等」
 の背のほうで大きな内緒話をしていたクラスメート達は、獄寺が睨みを利かせると慌てて教室を出て行った。
「そんな、ほっとけばいいのに」
「変に騒がれんのも腹立つし、挙句アイツ等10代目を侮蔑しやがった」
 苛つきを剥き出しにする獄寺に、空笑い。その刺激に、頭がチクリと痛む。
「うっ……」
「おい、マジで平気かよ」
「大丈夫」
 目眩とか、一貫して続くぼんやりした感じとか、そんなものが併発して、大丈夫でも何でもなかった。
「頭いてーんなら、学校休めばよかっただろ?」
「そういうわけにもいかなくて……」
 額を押さえて、腕を支えになんとか頭を支える。そうじゃないと、体を起こしていられなかった。
「ま、オレの目に届く範囲にいるからいいんだけどな」
「……何、どういうこと?」
 聞けば、獄寺は顔をしかめて、ヤベッと漏らした。
「いや、こっちの話だ、気にすんな」
「無理。気になって頭痛が酷くなる」
「はぁ? なんだよそれ」
 獄寺は顔を突き出し、の目と鼻の先で言う。キーン、と耳が鳴り、は耳を手で隠して目を固く瞑った。
「痛い」
 片目だけ開ければ、獄寺はそっぽを向いて口を押さえていた。反省してくれたのか、とは納得し、耳から手を外した。
「獄寺……?」
「んだよ」
「そこまでしなくてもいいよ」
 横目でを見た後、軽く溜め息をついて頭を掻いた。
「お前が鈍くて助かるよ」
「え?」
「こっちの話だ」
 まただ。非難がましく獄寺をみつめても、獄寺はそれ以上その話をする気がないようだった。
「そういえば、さ」
「ん?」
「ツナは? 一緒に来なかったの?」
 仕方なく話題転換をする。さっき気付いた、――こんなことを言ったらツナに怒られそうだが――獄寺と対になるはずのツナの不在。
「あぁ、今日は無理を言って先に来させてもらった」
「え、じゃあツナはひとりで来るの?」
「そのはずだが」
 すっと体が動いた。さっきまで重かった体は、危機から回避する為のように、一瞬軽くなる。
 突然が立ち上がり、獄寺はぎょっと目を見開く。
「ダメだよそんなの!!」
「は……?」
 呆然と口を開く獄寺に、は元気になったかのように言いつける。
「まだ、通り魔がいるかもしれないんだよ! ひとりじゃ危ないのに!」
 直後、は酷い頭痛に襲われる。頭を抱えて座るに獄寺は肩を揺さぶる。
? おい、?」
 脳に直接響くように、痛みが反響する。
「獄寺……」
「どうした? やっぱ保健室行くか?」
「私より、ツナの心配しなきゃ」
「は?」
「私が襲われても、私は弱くない……でも、ツナは運動オンチだし、凄く怖がりなんだよ? 獄寺も知ってるよね」
「何言ってんだよ……」
「ふたりを守るなんて、無茶だよ」
「…………」
 わからないみたいだから、ハッキリ言った。にとってそれだけのことは、獄寺にとって大きな衝撃になったらしい。
「私の様子を見るためだけに、ツナを置いて来たんでしょ。ボスに何かあったらどうするの、平構成員より、未来のボンゴレを守るのが、次期右腕の役割じゃない?」
 たかが通り魔、もう出てくることもない。真実を知らない獄寺はそう吐き捨てるかもしれない。けれど、真実を知らないままで、無事でいてほしいだけ。それに、は、獄寺ならという期待があった。何も知らなくても、この危機感には気付いているはず、そうであってほしい。そんな一人よがりの。
 獄寺は明らかに怒っていた。掴まれている左肩が軋むように痛い。怒鳴られるんじゃないかと思っただったが、その予測は外れに終わる。
「わかった、わかったから……10代目が登校されるまで、お前の傍に居させてくれ」
「……仕方ない、戻ってすれ違ったら意味ないし」
 ゆっくりと肩から手を降ろし、さっきまで座っていた席に戻る。
 は机に伏せて、腕を枕に目を閉じた。
 ここなら、眠れそうな気がしたから。獄寺の、不器用な優しさに触れながらなら。
 獄寺は、声をかけるでもなく、頭を撫でるでもなく、ただそこにいるだけだったけれど、ずっとの前の席で、足を組んで座っていた。
 程なくして、ツナが登校してきたのか前の椅子が動く音を聞いた。そして、左肩に一瞬触れた硬い手が離れると同時に、申し訳ありません! 10代目!! という声が教室に響いた。
「…………何やってんだか、変なこと教えちゃってさ」