プレイヤーの中で、円盤が激しく回転する。それだけが、この部屋の中の動き全て。
ツナは、何をするでもなくただその円盤の回転の成果を聞いている。ヘッドホンから流れる音が、跳ねるようにツナの耳に入り込んだ。
ドアが小さく開く。それは、リボーンが帰ってきた合図だった。
「おかえり」
「ついに出たぞ」
挨拶を完全に無視され、ムッとしたツナは、ぶっきらぼうに応える。
「出た? 何がだよ」
「能力者狩りだ」
ツナには、リボーンがいつものような調子で言っているようには思えなかった。
その声の調子しかわからず、何と言ったか理解できなかったツナは、ヘッドホンを外して
「……何? もう一回言って」
と聞き直す。
「能力者狩り。イタリアでを白き死神に仕立て上げた連中だ」
ツナは、一度耳を疑い、次に自分の記憶を疑い、そして最後に、少しだけリボーンの頭を疑って、ようやくその言葉を理解した。
「……え? 能力者狩り? を白き死神に……? 何言ってんの、リボーン」
否、全く理解していないらしい。わかったのはその言葉が、グットニュースではないということくらいか。
「あの時、お前等には説明していなかったな。後で獄寺にも話すから、とりあえずお前は聞け」
「あの時……」
あの時……が倒れ、保健室に運び、その流れで聞いたの過去。
「あの時、教えてくれなかったことを今話すんだな」
「緊急事態だ。このままじゃもオレ達も、ひいては並盛も危険だぞ」
帽子のツバから覗いたリボーンの目に、いつものふざけた感じはない。
「それって……」
「"白き死神"は、がいる街にとってもちろん脅威だった。だが、"白き死神"は、本当はの命を狙っていたんだ」
「……待って、が"白き死神"なんじゃないの?」
「は、濡れ衣を被せられたんだ、本物の白き死神は、能力者狩り――のような超能力者を嫌い、狙い、殺していく奴を、オレ達はそう呼んでいる」
ツナの顔に、恐怖の色が浮かぶ。
「が……命を狙われて……出た?」
「麻里双夜を襲ったのは、能力者狩りで間違いねぇ」
「じゃ、じゃあそいつはもう並盛にいるってこと!?」
「そいつ"等"かもしんねーな。の話じゃ、能力者狩りはひとつのグループとして情報を共有してるらしい。もっとも、超能力者を狩る時は、単独行動が基本らしいがな」
今まで、リボーンが危険を警告したことはなかった。そのくせ、リボーンが来てからの毎日は危険と死が隣り合わせで、ある程度健康にしていられるのが不思議なくらいだ。
それなのに……――。
リボーンは、その"超能力者狩り"の来襲を"緊急事態"と言い、"危険"だと言った。
ツナは、どこかにいる冷めた心で、"あぁ、もう死ぬな"と思った。
「ツナ」
リボーンはツナが座っているベッドの上に飛び乗り、ツナに目を据えて言い聴かせる。
「この際、マフィアのことは一度忘れても構わねぇ。いいか、お前は"友達"として、皆を守らなきゃならねぇ」
「……そんなの、」
「無理とか言うんじゃねーぞ。何も知らない京子達が巻き込まれたら、どうすんだ」
「……………………」
「前にも言ったが、超能力者狩りはを見つけ、狩るまでの周りの人間まで狩っていくぞ」
ツナは一度目を開き、すぐに伏せる。
心で渦巻くその感情に比例するほど、実力を持っていないから。
「麻里双夜が生きているのは奇跡だ。喪服を着たくなきゃ、一瞬も気を抜くな」
そう言って、リボーンは静かに部屋を出ていった。
ドアが閉まるのを合図に、ツナはベッドに体を沈めた。
守らなきゃいけない。
何から?
ツナには、それがわからなかった。
リボーンの言うことは、いつも突拍子がなくて信じられない。
いつだって快楽主義なリボーンが、麻里の怪我に合わせて適当な嘘を吐いていて、本当は日常によくある通り魔で、既に捕まっていることも考えられるわけで。
疫病神に騙されてるんだ……そうであればいいのに。
ツナはわかっている。
リボーンの言葉が嘘でも、擬似的な何かは必ず起きるだろうと。
「あー、突然のことで驚くと思うが、麻里先生はしばらく休暇を取られた」
突然なはずがない。この担任は、生徒がわざわざ混乱するような物言いの連絡網を回し、それはクラスほとんどの留守電にしっかり記録されたのだから。
「並中1Aの連絡網です。あー、麻里先生が何者からの襲撃を受け只今並盛中央病院に入院されています。幸い命に別状はありませんが、本人は犯人に心当たりがないとのこと……要するに、皆さんも狙われる可能性がありますので夜は外出を極力避けて頂きたい! では、連絡網の次の方……むしろ全員には私が回しておきますので、失礼!」
その担任の焦燥振り……否、怒り振りには、誰もが笑いを堪えられなかったという。皆、どこかでこれはエイプリルフールの先走りか何かだと思っているのだから、どうしようもない話だ。
麻里はというと、未だ入院を続け、面会はなかなか受けていないらしい。
そのせいか、ツナ達以外に病院のベッドに横たわる麻里の姿を見た生徒はおらず、これが信憑性の無さに拍車をかけている。
ツナは、その光景と包帯を巻かれた麻里を見た以上、嘘だとは欠片も思わなかった。
むしろ、次の被害に戦々恐々としているところだ。
「麻里先生の復帰時期は未定、これは先生の伝言だが、休み明けに行う予定だったSilver Heartsのライブは中止だということだ」
「えっ、本当ですか先生!?」
「冬休み明けで唯一楽しみにしてたイベントなのに……」
ざわめく教室に、担任は静かにと出席簿を叩く。
「お前等は先生を心配しろ! じゃあ、今日この後の説明をする!」
程なくしてホームルームは終わり、休み時間を迎える。
足音を鳴らして出ていく担任を見送った後、ツナの視線はへと向かった。
机にうつ伏せになって、時々声をかけてくるのを適当にあしらっている。
いつもなら、笑顔できちんと応対するのだが。
その変化さえ、ツナには否定的な要素となった。
リボーンは何故言葉だけでを信じられたのだろう。
それとも、なにか証拠があったのだろうか。それを見せてくれたら、ツナだって信じられただろうに。
「疑いたくないけど、でも、よく学校休むし……白き死神のことも気になるし……」
机に肘を突き、空を仰ぐ。
どんよりとした心を映すように、空は灰色の雲が広がっていた。
「10代目」
「あ、獄寺君、山本……」
「どうしたんだツナ、元気ないのな」
「お体が優れませんか?」
ツナの机を囲うように立った獄寺と山本。ツナは首を横に振り、彼らの言葉を否定する。
「ううん、違うんだ……ただ、先生は大丈夫かなって思って」
獄寺ならともかく、山本がいる場ではのことは話せず、気になっていた別のことを口にする。
「あ、トム君な……ツナ達は見舞いに行ったんだろ?」
「うん。でもあれ以来面会断ってるみたいだから、もしかして調子悪いのかも」
「なあんだ、あんな奴のこと心配してたんスか?」
余計に沈んだツナと山本とは裏腹、獄寺の顔は明るくなる。
「あんなの気にする必要ありませんよ! どうせ近いうちに戻ってきますって!」
それより、と獄寺はツナの耳元に顔を寄せ、手を当てながら声をひそめる。
「の様子がおかしいような気がするんです。10代目、心当たりはありませんか?」
「え…………」
ハッと、獄寺の顔を見る。不安げな顔が間近にあって、見開いている獄寺の眼とあって。
思わぬところから、話がきてしまった。なんと言おうか、ツナが思考を凝らしていると山本が水を差してくる。
「ん? 獄寺、何の話してんだ?」
「テメーなんか当てにしちゃいねーんだよ、さっさと席に戻りやがれ」
「ちえっ、いいじゃねーか。混ぜてくれって」
「……ごめん、オレ……のことはわかんないや」
ふたりと眼を合わせることが出来ず、机に向かって言うことになる。
「あ……そうですか、そうですよね、10代目も、と会うのは久々のはずですし、ね。すいません、変なこと聞いてしまって」
獄寺は微笑み、失礼します、と自分の席に戻ってしまう。
「お、おい獄寺!」
一度は獄寺の背を視線で追うが、すぐにツナに戻し、爽やかな笑みを浮かべる。
「ま、時期にトム君も戻ってくるって」
「う、うん、そうだよね」
ツナが笑い返したところで、スピーカーからチャイムがなり、山本も自分の席に戻っていった。
結局、のことは何も解決しないままだったが、獄寺も何かしら気付いているようで、近いうちに話すことはできそうだ、とツナは結論付けた。