年明けの盛り上がりはようやく落ち着きを見せ、新学期が間近に迫っている冬休み。
 ツナは、久々にゆったりと流れていく時間をベッドの中で過ごしている。
 宿題はリボーンのスパルタの甲斐あってか、最初の1週間で片付いた。
 リボーン曰く、あの量くらい長くて3日程度でできるらしいが……それでも、ツナ自身はこの成果が凄いと思う。小学生の頃は、やろうとしても期日通りにできた試しがなかったのに。
 そして、少しだけリボーンに感謝するのだった。
 お陰で、自由な冬休みが手に入ったのだから!
「ツナー、電話よー」
「え、誰からー?」
 奈々の声に呼ばれ、部屋から這い出てリビングに行くと、奈々が子機を差し出す。
「獄寺君からよ」
「えー……」
 トラブルメーカー、獄寺。
 ツナの脳内には、本来の二つ名ではなくこの名が刻まれている。
「大丈夫よ。今日の獄寺君、機嫌いいみたいだから」
 ツナの気持ちを察したのか、奈々は優しく言う。
「ふーん……」
 かえって困るから……。
 奈々から受話器を受け取り、保留を解除した。
「もしもし……」
「おはようございます、10代目!」
「おはよう、獄寺君。どうしたの?」
 いつも通りの声の勢いに、いつも通り気押される。
「連絡網っス!」
「あー、そう。ちょっと待ってね」
 なら母さんに言ってくれればいいのに………
 マイクに拾われないように溜め息をつき、電話の横のメモ帳にペンを立てる。
「んで、どうしたの?」
「あの教育実習ヤロー」
「トム先生?」
「……あー、ハイ、そうです」
 名前、絶対に覚えてなかったんだろうな……
 苦笑しながら、メモ帳に「あさと先生」と書き込んだ。
「アイツ、真夜中に商店街で襲われて全治3週間の怪我らしいっスよ!」
 心なしか嬉しそうな口調から伝えられた言葉は、決して穏やかなものではない。
「……え?」

「先生!」
 ドアを開けると、すでにと獄寺が麻里のベッドを取り囲んでいた。
「10代目!」
「ツナ! 遅いよ!」
「これでも急いだんだけど……あれ?」
 ツナは入口で足を止め、部屋があまりにも静かなことに驚いた。
 大部屋かと思えば、中は個室で(そういえば病室のタグには麻里の名前しかなかった)、広すぎる部屋には麻里、、獄寺しかいなかったのだ。
「皆、いないね」
 そう言ってから、慌てて口を塞ぐ。
「ま、今の時期は旅行か帰省だろうしな」
 ベッドにいた麻里は、ツナの台詞をさほど気にするわけでもなく、いつも学校で見ていたように笑っていた。ツナが想像していたよりも元気そうだ。
「あ、先生、大丈夫ですか?」
「腕がこの通りさ」
 そういって持ち上げられた左腕には、真っ白な包帯が巻かれていた。
「指を動かそうとするだけでいてーの。切られたらこうなるんだな!」
「ったく、心配して損しましたよ。こんなピンピンしてんなら来るんじゃありませんでした」
 溜め息をつく獄寺。彼の言う通りだ。とツナは思う。来ることなかった、というほどではないが、少し心配し過ぎたかもしれない。
「元気に越したことはないよ。治れば元通りになるらしいし」
 麻里を挟んだ向かいに、が腰掛けて笑っていた。
「けど、しばらく練習はできないですね」
「ん……この腕じゃ磨くこともできないしなぁ……」
 その目はとても深く、淀んだ色をしていた。
「ところで、その腕はどうして……ケンカですか?」
 どうにか話題を変えようとした結果がこれだ。頭を抱えたくなったツナだが、意外にも麻里のテンションは元の位置まで上がっていた。
「んー、ケンカっつか、通り魔って感じかな、ありゃ」
「通り魔だ?」
「おっきなオヤジに大鎌で切られそうになってさ、まぁ腕の浅い傷で済んでよかったけどな。そうだろ?」
「大鎌、ですか?」
「うん、死神か何かが持ってそうな、でっかいやつ」
 死神――その言葉で、ツナは半年前に聞いたリボーンの話を思い出す。
 が、白き死神と呼ばれていたこと。大鎌で切られたような痕を残し死んでいく人々のこと……。
 僅かな疑念が、ツナの中で広がっていく。
「あんなの持ち歩いてたら、普通は目立つはずなんだけどな」
 後ろからいきなり気配が現れて、腕で庇うのが精一杯。
 何故か、その男は腕を切っただけで消えてしまったという。
 ……テレポートなら、それも……?
 しかし、ツナはすぐにその考えを否定する。大男なんて、の外見には似ても似つかない。
「あーあ、この後警察来るらしいし、切られた時より後のほうが面倒だなぁ」
 麻里は欠伸をし、少しだけ寝かせてくれ、と面会の終了を告げた。
 それに頷き、獄寺を連れて病室を出ようとしたとき。
「……?」
 椅子に座ったまま、はうつ向いていた。
 ツナは、の顔を覗くように身を屈める。
、どうしたの!?」
 の顔が、真っ青になっていた。
「…………」
 うつろな目がツナを捉える。しかし、それを人とは認識していないような……そんな表情だった。
?」
 獄寺も、の異変を感じたのか、の顔を見、眉を寄せた。
 麻里は無言のまま、まるで表情が欠落しているの顔を見据える。そして、無事だった右手での額にデコピンした。
「なっ…………!?」
 驚いて麻里を見る獄寺とツナ。
「テメッ……に何して……!」
「ん? これで気がつくかなって」
 予想を逸脱した行動に、冷や汗を流さざるを得ない。
「そんなんで気がつくわけねーし……」
「ツナ、獄寺……どしたの?」
 背後から声がして振りかえると、きょとんと目を丸くするがいた。
「え…………?」
「トム先生が何かしたの?」
 額が微妙に赤いのに、それを気にもしない――いや、気付いていない。
、覚えてないのか?」
 獄寺が聞いても、は何が? としか返さなかった。
「………………」
 少しの沈黙の後。
 麻里が眠いと言い、半ば強引に3人を追い出した。
 廊下に放り出され、ドアが閉まったところで、が口を開いた。
「ねぇ」
「ん?」
「もう帰らない? 私、ちょっと気分悪くて……」
 まだ、の顔は青いままだった。
「……あ、そうなんだ! じゃあ、ここで診察してもらったら?」
 さっきボーッとしてたのは、そのせいだったんだ。そう無理矢理思い込んだ。
 最初の疑いを、振り払う。リボーンの言葉は、何がなんでも全て嘘だと信じたい。
「ううん、そんなに酷いわけじゃないの。家で寝てれば治るよ」
 無理矢理、作るように笑っている。
 そんな顔をされたら、完全な否定ができなくなってしまう。
「獄寺は、ツナを送ってあげなよ。大鎌の人がうろついてたら、いっちばん危ないのはツナだもん」
「は? だって」
「私は護身術あるから大丈夫!」
 獄寺の言葉を、半ば遮るように言う。
「護身術? んなの初耳だぞ」
「私はリボーンに見込まれてボンゴレに入ったんだよ?」
「……でも、やっぱり危ないよ。オレはリボーンと帰るから、は獄寺君と帰りなよ」
 何より、獄寺が一緒にいる間は、にアリバイができる。
「ってあれ、そういえばリボーンは?」
 ツナはすっかりリボーンと見舞いに来た気になっていたが、どこにもそれらしき姿は見当たらなかった。
「10代目が病室に入った時点でいませんでしたよ?」
「うん、だから信頼できる右腕に送ってもらいなよ」
「いや、右腕じゃないし……そりゃあ、獄寺君がいれば平気そうな気もするけど……」
「勿論です! この獄寺隼人、命をかけて10代目をお守りします!」
「あーまた調子乗ってるよこの人ー!」
 拳を胸に当てて答える獄寺。彼は死神との接点に気付いていないのだろうか。
 ツナは、が獄寺を誘導したような気がして仕方がなかった。
「今頃、先生のことニュースにでもなってるんじゃないかな。早く帰って見よ!」
 は急かすように、丁度やったきたエレベーターに獄寺とツナを押し込んだ。

「ん? なに、ツナ」
「――ううん、なんでもない」



 二人を見送った後、の笑みは一瞬で消えた。
 振っていた手を、首に当てる。
 鎌…………。
 首に当てられた鎌の、あの体温を奪われるような感覚は、まだ忘れられない。
「危ないって自分で言ったくせに、随分無防備だな」
 病院の横につけられていた車の上に、リボーンがいた。
「……彼らは夜にしか行動しませんから」
「だから夜になる前に帰したのか」
「はい」
「…………とりあえず、並中の屋上行くぞ」
 リボーンに促されるままに、は走り出した。
 強く吹きつけた風は、冷たかった。


「リボーンさんとふたりきりなんて、久々ですね。彼らとここに居るときとは、印象がまるで変わります」
「ここは見晴らしがよくて、逆に盗聴の心配がないからな。それだけだ」
 感傷に浸る暇はない。と、リボーンは本題を持ち込む。
「麻里を襲った大鎌男は、やはり……」
「はい。私を追ってきたんでしょう」
 フェンスに指を掛け、街を見回す。それで何かが見つかるわけでもないが。
「だが、ひとつ解らねぇ」
「何がでしょう」
「何故、アイツが生きているのかだ」
「…………」
 強い視線を感じ、リボーンのほうを見る。腕を組み、真っ黒な瞳を向けている。
「お前の話と、ボンゴレに集まった能力者狩りの情報の中で、能力者狩りの手にかかって生き残った人間なんて、お前以外にいなかったはずだ」
「……そうですね」
「一般人なのにも関わらず、アイツは片腕を切られた軽傷だ」
 おかしい、と呟き、口を閉ざす。
「……先生が、能力者なのかも」
「麻里が、能力者?」
「それなら、色々納得できるような気がするので」
「……だとしたら、何らかの能力を行使して片腕の傷で済んだのかもしれねーな」
 今まで、自分以外の能力者とは出会ったことがない。それくらい希少な能力で、なおかつ見つかりにくい。
「まだ想像の域は越えねぇが、その可能性は高いかもな」
 勘で言ったようなものなのに、意外にも頷かれてしまい、は少し驚きの表情をみせる。
「だとしても、まだ解らねぇ。麻里を狙うくらいなら、クラスメートのほうが手近なはずだ」
「けれど、どちらにしても私がいなければ先生は襲われることがなかったはずです」
 フェンスに額を押しつける。
「リボーンさん。私はどうしたら……」
 ひとりなら、逃げられる。けれど。
「もう、ここには友達がいて、貴方がいて……」
 涙はなかった。ただ、唇を固く結び、校庭の砂を見分けるように一点を凝視していた。
「お前、本当にアイツ等を友達だって思えてんのか?」
「……けど」
「まだ信用しきってるわけでもねーのに、キレイゴト言ってんな」
 静かなその声は、すっと冷たい空気に溶けていく。
「アイツ等を友達だと思いたいんなら、ここにいろ。何があっても、ツナ達と一緒にいるんだ。ひとりでどうにかしようなんて思うんじゃねぇ。そんな勝手な自己犠牲、誰も喜ばねーぞ」
 ハッとしてが振り向くと、リボーンは既に何処にもいなかった。
 の髪が木枯らしでなびく。見え隠れする瞳は、微かに揺れていた。

「私だって、友達になりたい……信じたい……でも……できない」