「いでででででででで!! 助けてぇ!」
「そうは言われても……リボーンにダメって言われてるし」
「頭に刺激与えればちったー良くなるかもしれねーしな」
「んなわけあるかぁぁぁぁ!」

標的11「遭難」


 真冬の山奥。轟音に包まれ滝に打たれているのは我らがボンゴレ10代目、沢田綱吉。
 顔は白を通り越して青く、きつく縛られた縄に肌が食い込む。
 その横の岩場で、リボーンとはそのさまを眺めていた。
 勿論、としては同情すべき点もあるのだが(むしろそれしかない)、リボーンが言うなら助けることはできない。リボーンがいる以上、死ぬことはないだろうし。とはいえ、誰かリボーンの制止を振り払ってもツナを助けようとする人がくればいいんだが……。
 ただ滝に打たれるツナを見てもつまらないし、真冬の山は寒いしで、の飽きは最高潮にまで達していた。
 そのときだ。
「あ」
「10代目ー!!」
 橋を渡って、のよく知る顔がやってくる。
「あ、獄寺に山本……よかった……」
 ふたりならツナを助けてくれるだろうと安心したのも束の間。
「何してんだリボーン! 今日はトレーニングじゃねーぞ!」
「山こもって話し合いなんてくそつまんねーからな」
「だからって……ん? お前、誰だ?」
 獄寺達の後を追って来るディーノと目が合い、脱兎の如く一瞬で岩の陰に隠れてしまう。
「誰ですか、あの人……!」
 リボーンは周囲の騒ぎも気にせず、が隠れた岩の上で座っていた。
「コイツはキャバッローネファミリーのボス、ディーノだ。ツナの家庭教師になる前、オレはコイツを鍛えてたんだぞ」
「じゃあ……」
「なんかあったらオレが殴っておくから安心しろ」
「は? リボーン、今なんつった?」
 リボーンの言葉に、ディーノは顔を歪める。
「気にすんな。それより、コイツの紹介してやる」
 とか言いつつ、リボーンはに自己紹介をさせた。
……です」
「あ、そうか。じゃあ、お前が"白き死神"だな」
「……え?」
 こそこそと岩陰から出てきたに無遠慮に視線を巡らせるディーノ。は彼を完璧に無視し、硬直した。
「そうだよな、リボーン」
「まーな」
 の顔はどんどん青ざめていき、
「なんで……?」
 へたり、と座り込んだ。
「ディーノが傘下に持つファミリーは5000。情報網は伊達じゃないからな」
「ま、安心しろって。オレもキャバッローネも、能力者狩ってどーこーしようとは思ってねーから」
 頭を撫でようと伸ばされた手を、叩くように払う。
「……信用できない」
「オレの元生徒でもか?」
「リボーンさんの元生徒でも、無条件にマフィアを信じることはできません」
 は立ち上がり、ディーノを一瞥すると、ツナを助ける獄寺と山本のほうへ駆けていった。
「……ありゃ大変だな」
「そうでもねーぞ。あーゆー奴と信頼を築くには、困難を共に乗り越えるのが一番だって決まってるからな」
「そうかもしんねーけど、困難はのこのこ来てくれるもんでもないだろ」
「だからオレは、ツナ達に困難をクリアさせる遊びを思いついたんだ」
「……はぁ?」
 わけがわからないといった様子で眉をひそめるディーノ。
「とりあえず見とけ」
 不敵に笑うリボーンの手には、ディーノのペット、スポンジスッポンのエンツィオがいた。
「あ、いつの間に」
 丁度その時、獄寺と山本に救出されたツナが、ずんずんとリボーンに歩み寄ってきた。
「リボーン! 人を使って遊ぶな!」
「それもそーだな。じゃ、エンツィオで遊ぶことにするぞ」
 その拍子に、ちゃぽん。とリボーンがエンツィオを投げ入れる。
「あ、エンツィオを川ん中なんかに入れたら!」
「今の、カメ?」
 じっと見つめていると、エンツィオが沈んだところから泡が吹き出し――
 ザバァァァッ!
 巨大な亀が現れた。
「でけー!!」
「…………なに、あれ」
「なんだありゃ……!?」
「山の主だ!! 山の主のお怒りだ!!」
「山の主?」
逃げろ! 山の主はオレ達が山に勝手に入ったことにお怒りなんだ!」
「…………」
 どうも冗談で言っているわけではないらしい。しかし、獄寺の中で何があって、カメが山の主になるのだろう?
 が冷めた眼で獄寺を見ていた時、獄寺の言う"山の主"が怪獣さながらの叫び声をあげ、こちらのほうに迫ってきた。
「静まりたまえ!!」
「ち、違うんだよ!! あのでかさじゃ手がつけらんねー、橋の向こうに走るぞ!」
 ディーノの言葉に、ツナ、山本、獄寺と続く。エンツィオがギリギリまで近付いてきたところで、は橋の上を走り始めた。
「ひーっ、ゆれるーっ!!」
「落ち着けツナ!」
 来るときはなんともなかったのに、人が何人も渡ろうとしているからか、橋はぐらぐらと揺れた。
 テレポートで逃げるわけにもいかないし、あの巨体の動きを止める自信もない。
「うわー! きたーっ!!」
 万事休すか……そう思ったところで、の前にディーノが立った。
「ここはオレが時間かせぎをする、お前達は先に行け!!」
 ディーノの手には、黒い鞭が握られていた。
「待て! お前のヘナチョコムチじゃ無理だ!」
「つべこべ言わず、オレに任せとけ!」
 ディーノは慣れた手付きで、鞭を振った―が。
スパッ
「……え?」
 鞭は、巨大カメに当たるどころか目の前の橋のロープを切り裂いてしまう。
「しまった」
「アホー!!」
「うそー!!」
 足場がなくなり、自由落下。は無我夢中でとにかく広い範囲に不可視シールドを展開した。

 どうなったのかは覚えていない。気が付いた時、体を柔らかい植物に委ねていた。どうやら全員無事らしい。
「ん……いつつ、皆大丈夫……?」
「生きてる……」
「大丈夫スか10代目!!」
「木の枝がクッションになったみてーだな」
「天日干しされてエンツィオも縮んだぞ」
 リボーンは、小さく弱々しくなったエンツィオを拾い上げた。
「すまん、手が滑った」
「あのタイミングで……?」
「テメー、手が滑ったで済むか! コラ!!」
「まーまー、みんな無事なんだし、結果オーライじゃねーか、な!」
 ディーノに襲いかかろうとする獄寺を、山本が羽交い締めにしてなだめる。
「すまん」
「まだ無事かわかんねーぞ、こっから家に帰れるかわかんねーからな」
 リボーンの言葉で、一時は丸くなった雰囲気が、一気にかたくなる。
「!」
「そ……そういわれてみれば……ここどこ!?」
「連絡とかできればいーのにな」
 山本の呟きに、はっと目を見開いた獄寺は、ポケットから携帯を取り出した。
「ダメだ、圏外っス」
「私のも同じく」
 獄寺にならい、リボーンから預かった携帯を取り出す。携帯の左上には、電池満タンの表示と、圏外の文字が記されていた。
「そ、そんなぁ」
「落ち着けって、オレのケータイは砂漠のまん中からでもかけられる衛星電話だ」
 ディーノは得意気にポケットに片手を入れ、携帯を取り出す。しかし、それはが知る携帯電話とは、何処かおかしな形状をしていた。
「あれ、のびてる……」
 完全に壊れている携帯電話に希望を絶たれたところに、不運はさらに降りかかる。
「食料入れたナップもなくしちまったぞ」
「えーっ、マジかよー!?」
 山本が、苦笑しながら呟く。
「ここで野宿したら、夜の冷え込みもハンパねーだろーな」
「え、もしかして私達ここで凍死しちゃうの?」
「不吉なことほざくんじゃねー」
「これでクマなんか出た日にゃ、まさにサバイバルだな」
 頭にマンモス型のレオンを乗せ、原始人らしきコスプレをしたリボーンが笑う。
「楽しそーだなオイ!!」
「リボーン、絶対こうなること想定してたよね……」
「リボーンさんなら有り得るな……」
 ふたり揃って溜め息を吐いた。
「元はと言えば、お前のせーだぞ!!」
「まーまー、何とかなるさ。楽しもーや」
「そうそう、人間いざとなったら、野生の勘でふもとまで行けるかもよ」
 何とかツナを励まそうとするが、そんなのできっこないと一蹴されてしまう。
「見ろ、洞窟だ」
「おっ」
「へー、こん中なら寒さはしのげるかもしれねーな」
「うかつに近づくなよ、獰猛な生き物の巣ってことも有り得る」
「ひいっ!」
「オレが中の様子を見てくる」
 ディーノが洞窟の中に入ろうとした時、獄寺がディーノの肩を引いて止める。
「待て! お前には任せられん、オレが行く!」
「ん……ま、いっか」
 は安堵の息を吐く。五十歩百歩ではあるけれど、遭難の原因となったディーノより、獄寺のほうが頼れそうだった。
「何かあったら大声あげるんだぞ」
「いってらっしゃーい」
「誰があげるかアホ」
 ライターの火をつけていくあたり、確かにしっかりしているような気もする。
 ちょっとカッコよかったので、さっきの山の主については目をつむっておいてあげよう。
 そう思った矢先、
「ギャアァアアア!!」
「獄寺君の悲鳴だ!!」
「何か来てる」
 リボーンまでもが銃をあげる。洞窟の奥で、何かが歩く音が聞こえた。
「あら」
「ビアンキ!!」
「リボーンいらっしゃい」
 ビアンキに担がれてきた獄寺だったが、すぐにどさっと投げ捨てられてしまう。
「獄寺君大丈夫?」
「姉に凄く粗末に扱われてない?」
 完全に気を失っている獄寺に、そう投げかける。
「え、つーか何でビアンキがここにいるの?」
「3日前、毒キノコを採取しているうちにここに辿り着いたのよ。なかなか楽しい場所よ。帰ろうとしてもまた戻ってきちゃうの」
 ぷ、と笑うビアンキ。
「遭難の自覚がない!!」
「天然……」
「いや、が言えることじゃない」
「何か言った?」
「…………なんでも?」
 本当に聞こえなかっただけなのに、ツナに後退りされた。
「こ……こんなところで会うとはな、毒サソリビアンキ」
「来てたのね、ディーノ」
 ビアンキは、ディーノに冷笑で応える。
「え、ディーノさんとビアンキって知り合いだったんですか?」
「毒サソリにはリボーンの生徒の時何度か殺されかけたんだ」
「年下の女性に怯えてるんですか?」
 少し思っただけだ。
「あ、……」
 どうも、ディーノの心にぐさっときたらしい。は気付かなかったが、しょんぼりとしていた。
「ところで、3日間食い物はどーしてたんスか?」
「毒キノコや……毒キノコね」
「あ、ポイズンクッキングの使い手って、毒食べても平気なんですか」
「そうじゃないわ」
「え?」
「愛があれば毒なんて簡単に中和されるのよ」
 うっとりとするビアンキ。
「へー」
 は、ぽん、と手を打った。
「へーじゃないよ! 君は被害者知ってるでしょ!?」
「……じゃあ、獄寺に愛がなかったんじゃない?」
「完全に騙されてる……」
「ハハハ」
 顔に縱線を浮かべるツナに、山本は乾いた笑いを浮かべる。
「あなたたち、出てらっしゃい」
 唐突に呟いたビアンキの言葉を合図に、洞窟の中から呻き声が響いた。
「え、な、何の声……?」
「他にもいるのか?」
 出てきたのは、イーピンと、顔面傷だらけのランボだった。
「何でここにいるんだよ! お前達今朝家で会っただろ!?」
 ツナが言っているところに、黒髪の少女がツナに飛び付いてきた。
 確かあの子は……
「ツナさーん!」
「ハル!!?」
 三浦ハル……だったかな。
 どうも、にとって会って間もない人の名前は覚えにくいらしい。
「ハル達は2時間ほど前にここに迷い込んだの。帰り道が分からないと言ったら、突然泣き出して」
 ビアンキが不思議だとも言いたげに話す。
「それがフツーの反応だぞ」
「落ち着けってー!!」
 ツナもだいぶ消耗しているようだ。すがるハルをふりほどけずにいる。彼らを見つめるの視界の中に、山本の笑顔が映った。
「そういや、も結構冷静だったよな」
「あー、だって、私が怖がらなくても充分女の子みたいに怖がってる人いるしね」
「それ、ツナのこと言ってんのか?」
 ビアンキの腕の中にいるリボーンが、含み笑いをしながら聞いた。
「オフコース!」
「女に女みたいと言われるようじゃ、ツナもまだまだだな」
 そんな彼らの会話も知らず、ツナ達はと言うと
「つーか、なにがあったんだよ、何でハル達がここに?」
「うぐ……」
 泣くハルの代わりに、3人の中で一番冷静だったイーピンが答える。
『ハルが雑誌で山の中のおいしいケーキ屋の記事を見つけたので、私達3人で行くことになったのです』
 イーピンの中国語を訳すのはリボーンだ。
『ところが、ランボがウソの道案内したり、ふざけてハチの巣をつついたり、単独でガケから落ちたりしてここに辿り着いたのです』
「全部ランボのせいじゃん!!」
「でも、ハル幸せです。ツナさんが助けに来てくれたんですもん」
「いっ……」
 ツナは冷や汗を流す。
「あ、期待させておいて恐縮ですが、私達も遭難してるんですー」
「はひー!! じゃあ私達どーなっちゃうんですか!? クルーソーですか!? ロビンソンですか!?」
 
「ねー、山本何してるの?」
「木を燃やそーと思ってさ。SOSののろしにもなるし、寒さ対策や動物避けにもなんだろ?」
「なるほど、さすが山本! オレも手伝うよ」
「大した事じゃねーよ」
 笑う山本を見ていると、ついこちらも笑ってしまう。
「お前ばかりにいいカッコはさせねーぜ」
 背後の声に振り返ると、獄寺が肩で息をしながら立っていた。
「あ、獄寺が生き返った」
「……火炎ビン(こいつ)を使えば、よく燃えます」
「何でそんなもんもってんだよ……」
 むしろ何処から出してきたんだと呟くディーノ。
「見直したわ、隼人」
「ひい!!」
 ビアンキが両手で獄寺を振り向かせ、言う。獄寺は当然倒れ、火炎ビンが辺り一面に散らばり、森に火を付けた。
「山火事ィィ!!」
「火のまわりが早い! 洞窟に避難するぞ!!」
 どかん!
 その洞窟が、派手な音を立てて崩れていく。
「なにー!?」
「お詫びにランボも火つけるの手伝うもんね!」
 その手榴弾は、泣きながらランボが投げたものだった。
「アホー!!」
「ランボ、手榴弾はダメだよ」
「うぐ……?」
 手榴弾を投げたくるランボを抱き抱える。ランボの手が止まった。
「しまった! 火に囲まれたぞ!」
「ランボのバカー!!」
 ひとりで逃げるだけなら楽だ。それに、ランボとイーピンくらいなら連れて言っても平気な気がする。けれど……。
 は義務感にかられ、テレポートせずにそこに踏み留まった。
「どうすれば……」
「あーもーダメだー!!」
「死にたくありませんー!」
 獄寺は倒れてるし、山本やビアンキがどうにかできるとは思っていない。ディーノに至っては、あのヘナチョコを見て、頼る気も失せていた。
「……もたないかもしれない、けど」
 意を決し、サイコキネシスによるシールドを展開する直前。
「あきらめずに消してこい」
「もぐ……ら?」
 ズガン!!
「リ・ボーン!! 死ぬ気で消化ぁ!!」
 下着姿になったツナ。は、顔を真っ赤にさせて座り込む。
「きゃっ……」
「こい! レオーン!!」
 レオンが姿を変えながらツナの手に飛び込んでいく。
「ダウジング!! 水脈発見!! 追加弾丸ー!!」
 ツナの右腕に死ぬ気弾が打たれ、肥大していく。
「メガトンパンチ!!!」
 地面に拳を叩きつけると、地面の割れ目から水が吹き出した。
「おお!」
「水だ!」
「助かったわね」
「ツナさんステキです……!」
 雨のように降る水が、炎の勢いを殺していく。
「………………」
 こんな風に水が降ってくると、思い出してしまう。
 あの死のうとした日のこと……この人達と、初めて出会った時のこと……。
 彼らは知らないだろうけど、もう、あれから2年経つのかとしみじみ思った。
「……ん」
 指先に、冷たいものが触れる。拾い上げてみると、それは小さな氷の粒だった。
「なんだろ、これ……」
?」
 まだ顔は青かったが、足取りはしっかりしている獄寺がいた。
「獄寺……これ、見て」
 しゃがみこむ獄寺に氷の粒を手渡す。
「氷、だな……あ」
 獄寺の手の内に入った刹那、氷の粒は溶けてしまった。
「………………溶けちゃった」
「あ、わ、わりぃ、大事なモンだったら……」
 あたふたとする獄寺に、クスリ、と笑ってしまう。
「大丈夫だよ、ただ珍しかっただけだから」
 微笑んでみせると、獄寺の頬はほんのり朱色に染まっていた。
「べ、別に、それならいーんだけどよ……」
 とりあえず、元気になったのかな、と思う。
 いつの間にか、地下水の噴水は収まっていた。辺りは木々が灰になっていたが、炎はすっかり消えていた。
「助かってよかった」
「え? ……あ、そうだな」
 この調子なら、何とか帰れるかもしれない。そう思った矢先だった。
「やべー! 逃げろ!!」
 ディーノの声で振り返れば、またも巨大カメが迫ってきていた。
「な!」
「あれは! ……、行くぞ!!」
 ツナや山本達が逃げていく。獄寺は、の右手をとって走り出した。
「あっ…………」
 獄寺の手の力は強くて、熱かった。
 逃げなければならない少しの恐怖の反面、なんだか嬉しくなった。