「ここは、10代目を大いに崇めるための右腕のだ「オレたちの名前の頭文字をとって言葉をつくるってのはどうだ?」
「そーゆーバンドはたくさんありますからね……斬新さに欠けるというか」
「じゃあ10代目を応援するためのゆるぎない団でJOYだ「単純にイタリアンズとか」
「やっぱり単純過ぎると言うか、つまらないです」
「オレが提案してんのにシカトすんじゃねー!!」

標的10「バンド」


 最早、校内には、獄寺、麻里のライヴの評判を知らない者はいない。A組の誰かが、他クラス、他学年に広め、バンド結成の声が強くなった。
 そこで、ついに3人がバンド結成を決めた(獄寺は最後までうなずかなかったが、の説得に折れた)。お披露目のためには、バンド名がないとカッコがつかない。と麻里が言い、早速バンド名を決める会議を開いた。
 しかし話は平行線のまま、その日の会議は幕を閉じた。帰宅後、は暇だったという理由で、ツナを喫茶店に呼び出し、会議の一部始終を話して聞かせた。
「……と言うわけで、バンド名が決まらないから今日はおしまい」
「そう、それは残念だったね」
 そういい、ツナはほっと溜め息をついた。ツナの片手のココアが、ほかほかと湯気をのぼらせる。
「獄寺が10代目〜って言ってばっかりだから……あのネーミングセンスはどうなんだろう。壊滅的だったよ」
 いつから10代目教なんてできたのかな。と冗談めかして言ってみる。
「やめてよ、そんなの!」
 本気になって否定するツナに、ひらひらと手を振った。
「トム先生の案もなんかパッとしないし……難しい」
 カフェオレの僅かな苦味が口に広がる。
は何か案出したの?」
「え……?」
「獄寺君の案と、トム先生の案は聞いたけど、のは聞いてないなぁって」
「…………ううん、出してない」
 ――カフェオレ頼むんじゃなかった。
 ますます苦味が増すカフェオレ。今日の会議を思い出し、は目を閉じた。
「頭ごなしに否定してばっかりだった……ダメだね、私」
「え、いや、そんなことはないよ!」
 慌てた様子のツナに、は困らせまいと微笑んだ。
「……ありがとう。今夜は考えてみる」
 カフェオレを口につける。
 やっぱり苦いままだった。

翌日。
 結局名案は浮かばないまま登校。なんだか獄寺や麻里にバツが悪く、話しかけづらかった。
 机に伏せ、寝ている振りをして、休み時間をやり過ごした。考える時間を作るためにも。
 そうして放課後。SHRが終わった後、ツナに一緒に帰ろうと誘ったが、補修があるから、と断られてしまった。
「そっか……」
「ごめん、今日は数学だし、時間かかりそうなんだ」
「仕方ないよ。頑張ってね」
「うん」
 別れの挨拶を交わし、ひとり帰ろうとすると、階段で麻里に声をかけられる。

「……トム先生」
 後ろめたさに、声が小さくなる。しかし、麻里にはその変化がわからなかったようだ。
「あのさ、1日考えてみたんだけど、こんなのはどう?」
 隠す必要もないのに、腰を折ってに耳打ちをする。その声は、心なしか弾んでいた。
「! 先生……」
 自然とほころぶ顔で麻里を見ると、満足気な顔で笑っていた。
「ありがとうございます、トム先生!」
「獄寺にはまだ伝えてないから、言ってこいよ」
「はい!」
 急いで階段を駆けのぼる。急がなくても、獄寺が帰るようなら途中で会えるのだが。
「獄寺獄寺獄寺獄寺ごくでらっ!」
「なんだよ、うっせーな……」
 獄寺はまだ教室にいた。きっと、ツナを待っているつもりだ。ツナは、もう別室で補習を受けているのか、姿は見えなかった。
「トム先生がいいバンド名考えてくれたの!」
 "トム先生"のところで、獄寺の目が鋭くなる。
「……どーせアイツのセンスは」
「Silver Hearts!」
「…………は?」
 獄寺の言葉を遮り、は獄寺の両手を自身の両手で包む。
「Silver Heartsだよ! バンド名はこれに決まり!」
 呆然とする獄寺をよそに、は手を振って
「カッコいいと思わない!?」

「……シルバーって、髪のこと言ってんだろ? アイツはどうなんだよ」
「……あー……」
 獄寺の冷静な声で目が覚める。麻里の髪は、誤魔化しようのない赤茶だ。
「でも、もしかしたら髪のことじゃないかも! 聞いてみよ?」
「は? オレは行かねー……ってオイ!」
 麻里が、いつも音楽準備室にいると言っていたのを思い出し、は獄寺を無理矢理連れて音楽準備室に向かった。
「待てっての! なんでオレまで行かなきゃいけねーんだ!?」
「最初に言ったのは獄寺でしょ!」
 顔を思いきり歪ませて言う割に、の手を振り払わない。獄寺の力なら、女が掴む手くらい払えるものなのに。にはただ都合のいいことなので、別段気にも留めなかったが。
 音楽準備室の札が見えるところまで来る。そこでの足は減速し、やがて止まった。
「これ……」
「……ピアノ、だな」
 音楽室からは、聞いたことのない旋律が流れている。ポップスとは明らかに違う。ピアノの柔らかな音色が、小さく零れる。
「トム先生……かな」
「弾き方に微妙な癖がある。少なくともあのアマじゃないな」
 獄寺は、音楽論理にかなっていない、滅茶苦茶な作曲だともいった。きっと奏者本人が大した知識をもたないまま作ったんだろーな、とも。
 音楽室のドアをそっと開ける。
 障害がなくなり、よりクリアに聞こえるようになった音色。音が突然増えたり、消えるすれすれまで伸ばしたり、不安定だ。
 その音がの耳に届くなり、胸を締め付けさせた。
「―――っ」
 押し寄せるマイナスの感情が、に踏み出すことをさせない。
、どうした?」
 獄寺の発声を最後に、空気が振動を止める。
「……と、獄寺かな?」
 足音、そしてひとりでにドアが開く。
「トム先生……」
「来るんじゃないかなとは思ってた。入って」
 柔和な笑みを浮かべ、麻里はと獄寺を音楽室に迎え入れた。
「今の、オレが作曲したヤツ。論理破綻してでもこんな曲が作りたくって」
「は? アレがわざとだと?」
「伊達に音大通ってないから」
 獄寺を軽くかわし、麻里は再びピアノの前に腰をおろす。
「ところで、Silver Heartsで決まった?」
「あ、それなんですけど……」
 は獄寺の疑問をそっくりそのまま伝えた。
「そんなこと? つーか、獄寺オレのことメンバーって認めてくれてたんだ、お前……」
「バッ、バカ言うんじゃねー!」
「って冗談はさておき」
「冗談かよ!」
「ま、落ち着け獄寺」
「テメーのせいだ!」
 ふわふわとした麻里に、珍しく獄寺がツッコミに回る。しかし、麻里自らが咳払いでそのやり取りを打ち切った。
「それより、獄寺の質問に答えてやるよ」
「!」
 麻里の手が、モノクロの鍵盤に伸び、聞き慣れた旋律を奏でる。
 それは、並盛中校歌だった。
「Silver Heartsのメインって、あくまでお前らふたりなんだよな」
 演奏者である麻里は、目を伏せながら、校歌を弾き続ける。まるで場違いな曲で、話の本質をぼかすように。
「オレはプラスアルファの存在だ。ずっとここにいられるわけじゃないしさ」
「!」
「半年、か……」
「そ。だからオレが居なくなったら、ふたりがその名前を使ってやってくれ」

 嗚呼 ともに歌おう 並盛中〜……

「……Silver Hearts、でいいよね?」
 沈黙に支配された空間で、の声が、消えるように響く。
「あぁ」
「よかった」
 ふたつの銀の心は、時間の限りを知る。
 トムが居なくなるまで、あと5ヶ月。