"アホ牛に保育係が必要だ"
「……たしかに誰かがしつけないといけませんね」
"つーわけだ。明日、保育係適性試験をする。お前も参加しろ"
「はぁ…しかし、私以外に誰が試験を受けるのですか?」
"獄寺と山本だ"
「は……失礼ですが、獄寺さんにはランボくんの保育係など……」
"当たり前だ。オレはアイツ等……そして、お前にも保育係なんてさせるつもりはねーしな"
「では、なぜ……」
"ツナに保育係を押し付けるためだ"
「……沢田さんの教育に支障がでるのでは?」
"アホ牛一匹で教育できなくなるワケないだろ。アイツはオレの目の届くとこに置いておかなきゃならねー"
「……?」
"とにかく、そういうことだ。それと、お前にもうひとつ"
「はい」
" "
「え……本当に、そんなことをしてもいいのですか?」
"お前が普通にしてたら、お前が保育係になっちまう。だから、こうでもしないとな"
「わかりました。可哀想ですが、仕方ありません」
"気にすんな。悪夢なんてすぐに忘れる。じゃあな、明日の放課後だぞ"
「承知しました」
翌朝。授業を終えたツナは、リボーンから伝えられた場所へ向かった。
これでランボに恥かかされずに済む……! と、内心安堵しながら。
しかし……
「ちょ、あの……」
来てみれば、そこにはよく知る顔が三人いて、ツナはショックで呆然とする。
「何スか、10代目」
「小僧に呼ばれたんだが」
「遅いよツナ、待ちくたびれた!」
獄寺に山本、そしてが各々の反応で迎えた。
「いや……」
すると、ツナは足元でリボーンがいるのに気付く。
「おいリボーン!! 話が違うだろ!!」
「ん?」
何がだ、と首をかしげるリボーンに、ツナは軽い焦りを覚えた。
「ランボの保育係紹介してくれるんじゃなかったのかよ!!?」
「紹介してんじゃねーか。ボスであるお前の部下から決めるにきまってんだろ」
「何わけわかんないこと言ってんだよ!! つーか、この3人が候補ってどうなの?」
「的を射てんだろ、がいるんだから」
「以外が不安だよ!!」
「なっ、10代目、オレの何処が不安なんスか!?」
(嘘、聞こえてた!?)
涙目ですがる獄寺に、内心恐怖を抱くツナ。どう対処しようか迷ってる矢先、この騒ぎの元凶の声が、何故か校舎窓から聞こえてきた。
「ガハハハハハ!! ランボさん登場ーっ!!!」
「あ、ランボじゃん」
(こんな時に……あ、でも助かった……?)
「またうぜーのが来やがった……ションベンタレはすっこんでろ」
「ちっ…違うもんね! もらしたフリしたんだぞ!」
汗を流しながらランボは必死の言い訳を並べ、
「騙されてんじゃねーぞバカ者共ォ!!」
と、舌を出して思いきり罵倒した。
「……一回いてー目みないとわかんねぇみてーだな……」
ドスの利いた声で呟く獄寺と、隣で笑う山本を見ると、どうしても異次元にいるようである。
「あれなに?」
「あ?」
ランボが指差す方向に、獄寺が向くと、ランボは悪戯に笑い……
「バカは見る」
と、目潰しを繰り出した。
「ぎゃっ!!」
(うわ、悲惨な悲鳴……)
「死にやがれ!!!」
獄寺が黙っているわけがなく、ランボの顔面に蹴りをお見舞いした。
山本が羽交い締めにして押さえるが、ランボは獄寺の蹴りをモロに受け、泣き出した。
「あーあ……獄寺泣かしたー」
「アホ牛が先だろ!」
「いいじゃん、ただでさえ視力悪いんだから、多少落ちたって。小さい子と接するならそれくらいの気持ちでいなきゃ」
「よくねーっ!!」
「うわぁぁぁぁぁぁあああん!!」
に手をあげないのは、惚れた弱みというやつである。
「んじゃ、ランボの保育係適性テストをはじめるぞ。丁度ランボも泣いたしな」
「なっ」
「はい? リボーンさん、今なんと……?」
「テスト?」
「保育係……なんか面白そうだね!」
「なに言ってんだよ!……今、獄寺君の適性のなさ見てただろ?」
そもそも獄寺君はやりたいわけないだろ……。
「コイツの保育係ってのは遠慮しときます。オレ、コイツ大嫌いなんで」
本当にイヤそうに言う獄寺に、ツナは正直安心する。
「ほらね」
「オレはいいぜ」
獄寺とは逆に、山本は間延びした声で言う。
「今回は何の遊びだ?」
"山本節でたーっ"
「私もやるやるーっ! あの危険な爆弾タコからランボを守ってあげる!」
は元気よく右手を挙げ、光を発しているような笑顔を向ける。
「だっ、誰のことだ!!」
「ん?……さぁ、誰でしょう?」
「ちなみに、保育係になった奴がボスの右腕だからな」
リボーンの唐突な一言に、獄寺が目の色を変える。
「な……右腕……?」
「そりゃいーな」
ツナの脳内で、あの右腕争奪戦が再生される。
(右腕とか勝手に決めないでくれー!!)
とはいえ、右腕を餌にしても、あのランボ嫌いの獄寺が保育係をしようだなんて言うわけが……
「オレ……本当はランボ大好きです」
(何その意思表示! 無理ありすぎ!!)
やけに真摯な表情で言う獄寺。というか重症。獄寺の優先順位=右腕>>中略>>ランボ嫌い なんて式がツナの中で成り立った。
しかし、は、右腕という商品に目を輝かせる獄寺とまるっきり対になった。
「えー右腕? そんなのやりたい奴がやればいーじゃん」
「つべこべ言わずやれ」
リボーンの有無を言わせない声に、はため息をついて、
「……わかりました……」
と肩をすくめた。
「ヘッ、嫌なら帰ったっていいんだぜ、」
「それには及ばないよ。下心丸出し男が保育係なんて、ランボが可哀想だもん。……右腕も、なったらなったで面白いかもね」
「……」
もっともな話である。獄寺は無言でを睨み付けるが、はまったく気付かないふりをしていた(あるいは、本当に気付いていないかもしれない)。
「ルールは簡単だぞ。あいつを笑わせた奴が勝ちだ」
未だ泣き続けるランボ。
「うわぁぁあぁあん!!」
「なんだそりゃ……そんな勝負、三人がやるわけ……」
「てめー等には負けねーからな。山本、今日こそ白黒つけてやる」
「よっしゃ、やるからには勝たねーとな」
「ふぅ……」
獄寺と山本は互いににらみ合い、は両手を叩いて、「よし」と気合いを入れていた。
"は、白熱してるー! つーか、そんな勝負じゃないと思うんだけど"
「オレ先攻で行くぜ」
獄寺は自分から進み出る。その表情は、かつてツナが彼に殺されかけた時のそれと似ていた。
"やる気だ……"
「頑張れよ」
「無理だと思うけどなぁ」
「制限時間は三分だぞ」
スタート。
獄寺が近付くと、ランボは泣き声をさらに大声で叫びはじめ、獄寺の眉間にしわを刻みつけた。
しかし、獄寺はそっと片膝をつき、ランボに手をさしのべる。
「さっきは悪かったな…仲直りしよーぜ」
「えっ、えっ……」
しゃくりあげるまでに収まったランボは、獄寺の手を取るような形で、獄寺の手に何かを乗せた。
「んっ」
それは金属で、まるでピンを抜かれた手榴弾で――?
「うわぁ!」
慌てて獄寺が投げると、手榴弾は小爆発を起こした。
「やっぱてめー死んでこい!」
「くぴゃあっ!」
獄寺はランボの首を締め、思いきり揺さぶった。ランボは口から泡を吐いて、今にも息絶えそうな状態である。
しかし、山本が
「おちつけ獄寺!」
と獄寺を羽交い締めにして止める。
「離せ山本! あのクソガキ殺す……!!」
「獄寺、ランボ相手にムキになっちゃダメだよ」
が言うが、
「ふざけんな! せっかく人が仲良くしてやろうとしたら手榴弾だぞ!?」
「……はいはい、じゃあ次は私がやるから」
「え?」
「うわぁぁあぁああぁ……」
「はあやすの得意そうだよな……」
「さぁな」
は、泣き続けるランボの目の前で膝を抱えて座り込んだ。
「ねぇ、ランボ。これから歌うたうから、聞いてくれないかな」
「う、た……?」
「そう。歌ってすごい力があるんだよ、だから、少し聞いてて」
そう言い、ゆっくりと立ち上がると、ランボの前で一礼した。
「の趣味は、歌なんだ。そして上手い」
リボーンが解説する。
「へぇ……」
と、ツナが頷いているところに、がツナ達のほうを向いて、
「静かにしててね」
と言った。
そして、胸に手を当て、口を開いた。
ツナには、がなんと言っているのかわからなかった。しかし、ゆっくりと歌いあげるの声は心地よく耳に届いてきた。
柔らかくおちる、月の光、イメージするなら、そんな感じだ。
ランボは、聞いている内に泣くのを止め、やがて眠ってしまった。
「すごい……」
「いや、オレが出した条件は、ランボを笑わせることだぞ。このままだと、は失格だ」
は、歌い続ける。
ツナは、突然の寒気を感じる。
"え、なに……?"
丁度その時、眠るランボの表情が険しくなり、そして……
「うっ、う……うわぁぁあぁ…!!」
泣き出した。
「え!? ランボ?」
「、失格だな」
「えっ、私失敗?」
「……ったりめーだろ、イタリアンのガキにあんな歌詞聞かせたら」
眉の形を歪め、口はつりあがっているという、器用な表情をしながら、獄寺は言った。
「火を放ち、血さえ焼き払い、全てを消しましょう。貴方さえいなければ、きっとまた幸せはやってくる。さぁ消しましょう、貴方に対する気持ちさえも……」
獄寺がすらすらと並べる言葉の羅列は、どうやらが歌っていたものの歌詞のようだった。
「え、ランボイタリアンだったの!? 歌詞わからないだろうからってこの曲にしたのに……」
「、よくやった」
しどろもどろのに、獄寺は親指を突き出す。
「あ、う、ランボ……」
「次は山本だぞ」
「オッケー」
左手を挙げる山本。
「真打ち登場だな」
「山本子供に好かれそうだもんな……」
「どうやってランボと仲良くなるのか、楽しみだね」
スタート。
「おまえ、キャッチボールやったことあっか?」
ボールと、グローブ片手に、ランボに話しかける山本。
「えぐ……」
しゃくりあげるランボの左手に、山本はグローブをつける。
「グローブでこのボールをとるんだぜ」
"なるほど、キャッチボールか……さすが山本! ランボも興味しめしてる〜"
「ほら、いくぞ」
「ん」
山本が立ち上がり距離をとると、ランボも立ち上がり、グローブを構える。
「そー…」
投げる途中、山本の目が光る。
「れっ!」
山本が放ったボールは、ランボのグローブ……否、ランボの顔面に収まり、当のランボはボールを受け止めきれずに校舎の壁に激突する。
「え!!?」
そのボールは、およそ子供相手に投げるボールではなかった。緩やかな曲線どころか、残像さえ見えるかどうか怪しかった。
「わ、わりー! 野球の動作にはいるとつい加減ができなくてな」
"なんじゃそりゃ――っ"
「山本にこんな恐ろしい一面があったなんて……」
「アイツ初めていい仕事しましたね」
「それよりもランボの心配!」
「そうですよ! 何やってるんですかー!!」
の後に聞こえた声がやたら高い。声の方を見ると、会う度に嵐を起こしていく三浦ハルの姿があった。何があったか、仁王立ちである。
「ハル!」
「…………あなた、緑中じゃなかった?」
「そうだよ、どうしてウチのガッコにいんだよ?」
「転入か?」
「違います! 新体操部の交流試合です。やっとツナさんが見つかったと思ったら、ランボを泣かしてるなんて……」
ハルは、ランボちゃん大丈夫? と声をかけ、ランボを抱き上げる。
「ハルが新体操部?」
「信じらんねー……」
「私立が公立と交流試合なんてする?」
「……(いや、見るとこ違うぞ……)」
「こんないたいけなチャイルドを泣かして!」
「あ、いやそれはオレが…」
山本が言うのも聞かず、ハルはツナに向かって叫ぶ。
「いくらツナさんでも、ランボちゃんをいじめたら許しません!」
その時、今まですっかり観客状態だったリボーンが、口を開く。
「アイツが一番保育係に向いてるな」
「たしかに……」
「じゃあ、アイツが右腕……?」
リボーンは、何やら意味深な笑みを浮かべるが、答えない。そのかわり、
「あの人に右腕やらせちゃダメだよ。戦闘は全然ダメそうだから」
が、眉をひそめて言う。
「いや、それ以前に右腕とか関係ないから」
「ツナにその意思がなかったとしても、リボーンがそうするのはいつものことでしょ」
「え……ま、まぁそうなんだけど……!!?」
ツナとが話していると、聞き慣れてしまった爆発音が鳴った。
「……まさか」
「ひゃっ!」
ハルに抱かれた状態で10年バズーカを発射したらしく、大人ランボはハルに抱かれての登場になった。
「う」
当然ではあるが、ハル程の少女が大人ランボを抱き上げることはできない。従って、ハルは重さに耐えきれず膝をつくことになる。そしてランボはその膝に座るかたちで打ち付けた。
「はひ――誰ですかー!!?」
「やれやれ……なぜいつも10年前に来ると痛いのだろう……」
大人ランボは腰をおさえつつ、どうにか立ち上がる。
「そうか……ハルは大人ランボに会うの初めてなんだ…」
そしてハルの姿を認めると、
「お久しぶりです、親愛なる若きハルさん」
と会釈をした。するとハルは顔を真っ赤に染め、
「キャァァァ! エロ! ヘンタイ!」
と、大人ランボの頬を叩いた。
「!? …ハルさん?」
「は?」
ツナや獄寺達、ましてや叩かれた当人である大人ランボでさえ、状況がつかめない。
「胸のボタンしめないとワイセツ罪でつーほーしますよ!」
「いや、これはファッションで……」
「なんか全体的にエロい!」
「……あぁ、そういうことね」
が納得の声をあげる。
"ハル……大人ランボはダメなんだ……"
ツナが唖然としていると、獄寺が珍しく笑顔でハルに言う。
「ハル、わかるぞ。お前の言うことはもっともだ。それになんだこの首輪は……」
「え……」
獄寺は大人ランボの首にかけられた、牛の角をかたどったネックレスを握り、
「お前には鼻輪が似合ってるんだよアホ牛!」
カッカッと高笑い。はそれに頭を抱える。
"獄寺君のはただのイジメだ!!"
ハルと獄寺の行動に相当ショックを受けたのか、大人ランボはフラフラとよろめきながら獄寺の横を通り過ぎていく。
「オレ……失礼します」
「おー帰れ帰れ」
獄寺はランボをいじめられてご満悦の様子である。
「ちょっ、獄寺君!」
「いいんスよ、10代目。あれぐらいしないと裏社会で生きていけませんから」
"嘘つけ!!"
面と向かって言えない自分が恥ずかしいツナだった。
「が・ま・ん……」
「大人ランボっていつもみじめだな……」
「に脳天撃たれたりオレに脳天撃たれたりな」
「脳天ばっかだな!!」
「ハハハ……ん?」
ツナの突っ込みに笑う山本だが、ふと地面からなにかを拾い上げた。
「おい、おまえ…角落としてるぞ」
それはたしかにランボの角である。
"つーか、まだあの技使うのか……"
「あ……投げてください」
去り際だった大人ランボだが、山本の声で振り返り、両手を差し出した。
「あいよ」
山本は大きく振りかぶり、先ほどの野球のフォームで投げた。
大人ランボに向かって真っ直ぐに走る角の先端が、脳天に突き刺さる。
「な!!」
「あっ……」
倒れ込む大人ランボ。しかしガキランボとは違い、泣き叫ぶことはなかった……と思いきや
「が……ま……うぁぁあん」
結局、膝を抱えて泣き出した。
「チビの頃と変わらず弱虫だなぁ……」
は溜め息をつき、
「よしよし、痛かったねー…」
泣きべそをかく大人ランボの頭を、撫で始めた。
「な……っ」
「は!?」
の想像を絶する行動に、獄寺は煙草を落とした。そんな外野の反応も知らず、がしばらくそうしていると、痛みがひいたのか、大人ランボは涙目ながらも笑顔になった。
「さん、こんなオレのために、ありがとうございます」
そう言い、大人ランボはの右手をとり、甲に軽く唇をつける。
「は……!?」
「はひっ!」
ツナとハルは大人ランボの行き過ぎた行為に(まさか、イタリアじゃ普通なのか?)青筋を浮かべながら顔を赤く染めた。
「え?」
当のはワンテンポ状況を理解し遅れたようで、ツナの表情を見るや否や
「あ、……ごめん! ランボ放して!」
と誰かに謝った後、大人ランボを軽く叩くように振り払った。
「……あぁ、すいません。ついクセで」
"クセ!?"
に叩かれたことは全く気にしていない様子で、頭を掻きながら笑う大人ランボには、無邪気さすら伺える。には相当心を許しているようだった。
「……なーにがクセだって?」
「え? それはさんにお世話になる度にこうして――」
「死ね」
背後からの(超低い)声ににこやかに答えたのが間違いだった。いや、"クセ"の時点で充分だったのだろう。怒りが沸点に達していた獄寺は、大人ランボの首を掴んで締め殺そうとしていた。
「おい、獄寺!」
山本が止めにはいる。羽交い締めにされても尚、大人ランボめがけて酷い暴言を吐き続けた。ハルとは思わず耳を塞いだほどである。
「獄寺と山本、ハルは論外。がなるとこうなる。……ツナが保育係をやるしかねぇな」
「お前最初からそのつもりだったろ!!」