標的6・雲雀恭弥
ある日の夜中、は並中の屋上にいた。
あいまいな 道を辿り
ひとり 誰もいないところを探して
誰も 傷がつかないようにと
私は 消えるかのように――
高く伸びる旋律は、穏やかな、しかし悲しげな雰囲気を纏っていた。
私は また人の目にふれて
生きていこうと誓った
もう人を傷付けたくない
私を引き換えにしても
だけど――、
旋律は突然止み、は崩れるようにしゃがんだ。
残暑が続く9月。夜にワンピースを着ていても寒くはないが、うずくまるの姿は、寒さに震える小動物のようだった。
「……本当に、私はここにきてよかったのかな……」
♪♪♪......
の携帯の着信音が鳴る。がバックに手をかざすと、携帯がバックの中から飛び出し、の手に収まった。
立ち上がりながら、通話ボタンを押す。
"オレだ"
「わかっています」
連絡をしてきたのは、リボーンである。
ちなみに、が持っている携帯は、ボンゴレから支給されたもので、番号を知っているのは、今のところリボーンだけだった。
"明日、学校の応接室に行け"
「応接室? 並中のあの応接室ですか」
"あぁ。そこは風紀委員会が使っている部屋だそうだ。そこに、委員長の雲雀恭弥がいるはずだから、そいつと会ってこい"
「……わかりました。しかし、なぜ……」
"あいつを、ファミリーに入れようと思ってな"
「!」
"とりあえず、明後日はツナ達を連れていくつもりだが、その前に明日、お前が偵察して、あいつの力量を見てくる必要がある"
「なるほど」
"もしものときは、テレポートで逃げろ、いいな?"
は目を開く。
「……それは」
"それだけ、強いやつだ。もし闘い沙汰にでもなったら、お前じゃどうしようもねぇ。死にたくなければ、逃げろ"
「……わかりました」
学校には、欠席の連絡をしてあった。リボーンに指示されたのだ。
は、応接室の前にいた。
授業は始まっているが、その時間を狙うのも、リボーンの指示だった。
息を整え、応接室のドアを開く。窓は開いていて、風が顔に当たった。
一見、誰もいないようだった。
無言で入っていくと、普通の教室にはない、高そうな調度品などが目に入る。皮のソファも、柔らかそう……と、
「誰、君。今授業中のはずなんだけど」
背後から肩を叩かれる。
"気配がない……!"
振り返ると、黒髪で華奢な少年が仏頂面で立っていた。リボーンから、ある程度外見は聞いていたが、まさかここまで痩せているとは……まったく、戦いに強いとは思えない風貌だった。
「あなたが、雲雀恭弥……」
「そうだけど、何?」
雲雀は、明らかに不機嫌そうな顔で、の顔をジロジロ見ていた。
それがわかると、肩の手を取り、恭しく礼をした。
「私は、語学留学でイタリアから来た1年A組の です。」
「……あぁ、そういえばいたっけ。でも、留学生なら授業は真面目に受けないとイタリアに帰されちゃうんじゃない?」
「お気遣いありがとうございます、委員長。ですが本日は正式に欠席届けを出しておりまして、授業を受ける必要はないのです」
「どちらにせよ、サボリだろう? 応接室に他人が来ることさえイラつくのに、サボリなんて……君には、それなりの制裁を与えないとね」
いつの間にか、右手には鉄の棒――トンファーを構えていた。
は一歩身を引くが、顔は笑っていた。
「随分喧嘩っ早いんですね……そのトンファーは、一体何人の骨を砕いてきたんですか?」
「さぁ? 覚えてないな」
が引いた分を、雲雀が埋める。また一歩下がれば、埋められる。
「わざわざ僕のテリトリーに入ってきたわりに、逃げ腰だね」
あやしく笑う雲雀に、返す言葉がない。
突然、の一歩より、雲雀の一歩のほうが大きくなる。
雲雀は上体を倒し、に向かって走り、めがけてトンファーを振った。
は、身をねじって雲雀のトンファーの軌道から逃れ、横向きに倒れる前に右手をつき、右手を軸に側転。雲雀の背後に回った。
が動いているうちに、左手にもトンファーを握る。雲雀は振り返りながら、トンファーをの頭の位置に来るように振るった。しかしは一歩引き、トンファーに当たらない。
「ワォ。そんなにできるのに、どうして逃げるの?」
縦に、横にトンファーを振りながら、雲雀は聞く。
は、トンファーの襲撃をひとつひとつかわしながら答える。
「護身術はあっても、格闘術はそなえてないんです」
「へぇ……そう」
雲雀のスピードが、速くなる。
「ぐっ……」
腹部を殴られ、は膝をつく。
「……?」
膝をつき、荒く息をするに、雲雀は違和感を覚える。
「ねぇ……君、今まで何度も戦闘に遭ったことない?」
「!!」
が顔を上げると、「やっぱり」と納得の声をこぼした。
「だからムダに反応が素早かったんだ。普通に護身術を学んだだけじゃ、僕の制裁はかわせない。それに、殴られたら気絶するだろうし」
雲雀の顔に、笑みが浮かぶ。
「……面白い」
「な、にが……」
「今まで、君みたいに実戦慣れしている人に出会ったことがなくてね。戦い方は、それだけ俊敏に動ければすぐに覚えられる。君みたいな人がほしいと思ってたんだ」
は、饒舌な雲雀に、目を開いた。
「君、風紀委員にならない?」
「……」
痛み以前に、突然の発言に絶句してしまう。
「というか、ならないと咬み殺す」
「あー……いや、やめときます」
フラフラと立ち上がりながら、は答える。雲雀は、の返答に、顔をしかめた。
「さっき、なんて言ったか聞こえてた?」
「えぇ、ならないと、咬み殺す……でしょう? でも、私はすでにある組織に身を置いているんです」
の顔には、笑みがあった。その笑みは、静かで、また優美であった。
「私は、その組織に絶対の忠誠を誓っています。ほかの……たとえ、学校の委員会レベルの組織にも、上司からの命令がなければ属することはできない」
「……」
雲雀は、右手のトンファーを、の喉に当てる。
「殺していい?」
鳥肌がたつような殺気。は、それを感じ、冷や汗をかく。
マジで殺される
そう思った瞬間、逃げるしかないと思った。
雲雀と体を向き合わせたまま、後ろへと下がる。雲雀もついていこうと右足を出すが、そのまま動かなくなってしまう。
が、雲雀の左足を固定していた。
ただ念じるだけ。しかし、雲雀の左足はどうしても動かない。
それを確認すると、は窓へ全力疾走。窓から飛び降りた。
丁度、雲雀の金縛りは解け、雲雀は窓を覗くが、長い銀髪はどこにもいなかった。
「怖かった」
「まぁ、腹殴られただけでよかったじゃねぇか」
並中の消火栓の前で、はエスプレッソを飲みながらリボーンに報告をしていた。
「彼に、風紀委員にこいと言われました」
「……で? なんて答えたんだ?」
「勿論、Noです」
「残念だな、せっかく風紀委員会の全貌を暴けるいいチャンスだったのに」
リボーンは本当に残念がるように肩をすくめた。
「……すみません」
「冗談だぞ」
「……」
エスプレッソが、異常に苦く感じた。
「、お前、明日も学校やすめよ」
「……どうしてです?」
「お前、風紀委員に誘われてんだろ? 多分ヒバリはお前を探しに行くだろう。明日はツナ達がヒバリのとこにいくから、その後にお前を追いかけ回さないように言っておくぞ」
「……ありがとうございます」
「気にするな。お前の任務の邪魔をされたら困るからな」
梓は、それ以上なにも言わなかったが、リボーンに向けて優しく笑っていた。