標的5・ビアンキ




学校への道を歩きながら、ツナは眠そうに目を擦っていた。
の一件もそうだが、それとは別に、昨日ビアンキという女に殺されかけ、どうしても眠れなかったのだ。
「ふわぁ……命狙われてんなら、学校行かないほうがいいはずなんだけどなぁ……リボーンに言われたら行くしかないけどさ……」
独り言を溢していると、不意に肩を叩かれた。振り向くと、の笑顔が視界に入る。
「おはよ!……って、ツナ、どうしたの?クマができてるけど……」
「え……いや、ちょっと寝不足で――」
「へぇー、でも寝ないと身長伸びないよっ!」
「うるさいな! に言われたくないよ!」
「あはは!! それもそっか、ごめん!」
ひとりで楽しそうに笑うを見ると、先日のリボーンの話が嘘に思える。
"……つーか、嘘だろ、絶対。そもそも実際にが超能力を使ってるとこ見たことないし、非現実的だし。"
「そうそう、あるわけないって……」
「……ツナ?」
「え?」
「いや……ツナが惚けたって一瞬ビックリして……」
そういって笑う。しかし、どこかひきつっている。
「別に惚けてないよ!」

「おはよう、ツナ君、ちゃん」
背後からの声に、ふたり揃って振り返ると、ツナのマドンナ、笹川京子がニコニコ笑顔で歩いていた。
ツナは心の底でガッツポーズを決める。いくら美人のが隣にいても、好きなのは京子なのだ。
「おはよ、京子ちゃん!」
「おはよー、京子」
が京子に手を振るのを見て、ん?と思うツナ。
「あれ? いつの間にふたりとも仲良くなってるの……?」
「あぁ、ツナ達が退学になった時に」
答えたのはだ。
「いや退学になってないから!」
ツナのツッコミは段々に磨きを増しているようだった。
「ツナ君とちゃん、仲良いね」
そう言って笑う京子に、ツナは全力で否定する。
「え、違うんだよ京子ちゃん! とはただ……」
「あ、そうだ!」
ツナの弁明を遮ったのは、京子だった。
「今日、家庭科でおにぎり実習があるんだよ! ちゃん、一緒に作ろ!」
「おにぎり……なに、それ」
は首をかしげる。
「あぁ、は日本食はよく知らないか」
「まぁね……とりあえず、実習の時に教えて、京子!」
「うん、いいよ!」
その時、チリンチリンと、自転車のベルの音がした。ツナがいち早く振り向くと、そこには見覚えのあるママチャリが。
「人の恋路をジャマする奴は毒にまみれて死んじまえ」
そして通り過ぎるところで
「どうぞ」
とジュース缶を3つ投げて寄越した。
ツナの顔面は真っ青になる。昨日のカラスがフラッシュバック。
「だめぇ!!」
と、バックを振り回して3つとも弾く。
「ん? どうしたの、ツナ?」
「あの人知り合い?」
「え、や、なんでもないよ……あの人も知らないし〜」



缶ジュースから中身が溢れた道路には、カラスがのびていた。



「調理実習で作ったおにぎりを男子にくれてやるー!!」
一斉に教室に入って来た女子に歓声を上げる男子。ただ、ツナ、獄寺、山本を除いた"男子"だが。
「変な行事スね……」
「とか言って、のほしいんじゃない? 獄寺君」
「な! 違いますよ10代目、それは誤解です!」
「ツナは誰に貰うか決めたか?」
山本はツナの肩に腕をのせ、聞く。
「いや……オレが言っても誰もくれないよ、きっと」
"そりゃあ、京子ちゃんのがいいけど……あれ?"
京子をじっと眺めていたツナは、京子の背後にいる女性に気が付く。
"あれは……ビアンキ!"
ビアンキは、京子のおにぎりを別のおにぎりにすり替えていた。
そのおにぎりは、毒々しい紫色をしており、虫としか思えない物体が飛び出していた。
「ちょっ、まて! お前なにして……」
「ツナ君、食べる?」
京子の後ろにいたビアンキを追えば、当然京子の前に出てしまう。その行為が、"京子のおにぎりが食べたい"という意思表示に取られてしまったらしい。
「積極的だなーおい!」
山本がツナの背中を押す。
「テメー10代目をなんだと思ってやがる!」
なんて大袈裟なことを言ってる獄寺の声も、ツナの耳には届かない。
京子が差し出すおにぎりは、ツナが何度見ても普通のおにぎりにならず、心なしか息苦しささえ覚えた。
"これ食べるのー!?"
ツナが躊躇していると、
「あ……シャケ、嫌いだった?」
京子は眉を落とす。
"そんな顔しないでよ京子ちゃん!"
しかし、京子が持っているのはポイズンクッキング。食べたら死ぬのは目に見えている。
「10代目が食べないのでしたら、オレもらっちゃいますよ?」
「そーだな。いただくぜ」
「どうぞ」
獄寺と山本が、京子が手にするおにぎりに手を伸ばす。
"あああああ!!"
おにぎりはふたりの口へ――。
「食べたら死ぬんだぞー!!」
両手を振り上げ、獄寺と山本の手を弾く。
おにぎりは宙に浮き、引力によって落ちていく。
「ツナ?」
山本が言ったと同時に、ズガンと銃声が鳴り響き、ツナが倒れ込む。
床に体がつくが早いか、ツナの体は脱皮するように裂け、そこから下着姿で、額に炎を灯したツナが出てきた。
「復活!!死ぬ気でおにぎりを食う!!!」
叫ぶや否や、落下するおにぎりを器用に口で受け、飲み込んだ。
「うまい」
一言。
うまいわけがない。実は、死ぬ気になったツナには、額の他にも死ぬ気弾が撃たれていた。
鉄の胃袋―毒を盛られたものを食べても、一切無害な胃袋を得たツナには、ポイズンクッキングもただの食べ物に過ぎない。
「たりねー!!」
女子の合間を縫うように走るツナ。
「あれ? おにぎりがない……」
「あ! ツナが食ってやがる!」
「まだ足りねー!!」
「ツナの奴、無差別に食いまくるつもりだ!」
「誰が止めろー!」
走るツナにより、おにぎりは食い尽くされ、その標的は、ついに最後のひとりとなった。
「んージャッポーネの米はこんな使い方するんだ……」
!」
「んー? あ、ツナ」
おにぎりを机に乗せ、眺めていたは、騒ぎにはまったく目もくれず、ツナが死ぬ気になっていることにも気付いていなかった。
「おにぎりよこせぇ!」
「やだ」
手を伸ばすツナ。あと数センチと言ったところで、の手に腕を掴まれる。
向き合った状態だが、はツナの足を払い、地面に叩きつけ、自身が馬乗りになってツナの動きを止めた。
「かーくほっ。しかし、ツナどうしたの? 京子からおにぎり貰えなくて、ヤケになった?」
丁度5分。ツナの額の炎は煙を吹いて消えていった。
「それどころか、クラス中のおにぎり片っ端から食べて行ったんだ!!」
「唯一残ったのはのおにぎりだけ……」
クラスの男子が、の下敷きになっているツナに視線を送る。
"視線が痛い……!"
すげーな! あのツナを止めるんだもんな!」
山本が言う。
「いつまで10代目の上に乗ってるつもりだ! さっさと降りやがれ!!」
と獄寺。その叫び声に反抗するように
「ツナが暴走してんの止めてやったんじゃない! あのね、ボスがガキだったら、きちんとしつけんのも部下の仕事なの!」
「それにしたってなぁ、身分をわきまえろ!」
「ちょっ! 部下とかボスとか関係ないから! 頼むからここでそんな話しないでよ!!」
「ハハハ、ここでもマフィアごっこか?」
ツナからしてみれば、すでに羞恥で先ほどのポイズンクッキング騒動(自分内での話だが)どころではなくなっていた。



やがて、獄寺との喧嘩も収まり、クラスは元の様子に戻ろうとしていた。
しかしツナだけは例外で、クラスからの冷たい視線に耐えながら、柄にもなく次の授業を待ちわびていた。
ふと、視界の隅に"ふたり"がうつる。濃い銀髪が、薄い銀髪の手をひいて、教室から出ていった。
"おにぎりせがむのかなー"
興味がわかないわけがなく、ツナは少しドアに近付いて、聞き耳をたてた。
「なに? 獄寺。まだ私のツナに対する態度に不満?」
「そりゃあ、ボンゴレ10代目に対する態度としては最低だが……って、ちげぇよ。あの……お前、まだおにぎり持ってたよな?」
間があく。壁越しに聞いているため、ふたりの表情はわからないが、少なくとも、はキョトンとしているのではないか――と、ツナは予測する。
「あ、あぁ……まぁ、残ってるけど、それがどうしたの?」
「いや、その……だな……」
「あ、もしかして欲しい?」
「な……」
ツナは苦笑する。
"バレバレじゃん。獄寺君、しっかり!"
「ち、ちげーよ!! いや、その、お前が誰かに食べて欲しいってんなら食べてやろうって言ってんだ!」
「食べたいの、そう、わかった。ちょっと待ってて」
足音がする。ツナがとっさに自席につくと、丁度が教室に戻ってきて、机に置いてあったおにぎりを持って、また教室を出て行った。
「はい。私が一個食べるから、あと二個は食べていいよ」
「……仕方なくだからな、仕方なく」
「はいはい」
"、大人だな……"
「じゃ、私お皿を置いてくるから」
「……おう」
足音が完全に消えるのを待って、ツナは教室を出る。獄寺は壁にもたれ、おにぎりを黙々と食べていた。
「……あ、10代目!」
「よかったね、のおにぎりもらえて。おいしい?」
「あ、いや、そのこれは……あいつがどうしても食べてほしいと……」
両手にあるおにぎりを慌てて食べる獄寺。
「……まぁ、不味くはなかったですが……」
そっぽを向いて呟くその台詞を、ツナは聞き逃さなかった。