標的0・赤ん坊と少女
とある公立中学校の屋上に、彼女はいた。
真夜中にはセキュリティが施されている学校に、どのような方法で侵入したのか。それは一切不明である。
彼女の髪は、月光を反射し、その髪自身が光を放っているようにも見えた。美しく、限りなく白に近い銀の髪だ。長く、長く。腰まで延びているその髪は、風に遊ばれてなびいていた。
白いワンピース。春から夏に差し掛かるこの季節の夜には、まだ肌寒さを感じさせる服装だ。しかし、そのような表情は微塵にも出さず、彼女は唄っていた。
そう…唄っていたのだ。声は小さいが、確かに調べを奏でている。透き通ったその声を、今、この瞬間に聞いている人間はいない。だからこそ、彼女は唄えるのだ。
そのはずだった。
「ここに来ていたのか、"白き死神"。」
調べを奏でていた薄い唇は、突然静止して、ゆっくりと閉じられた。
"白き死神"と呼ばれたのは、紛れもなく彼女であった。屋上を見回し、その声の主を探す彼女の姿は、死神には程遠い。だが、確かに彼女はそう呼ばれていたのだ。
ここからは遠い、ヨーロッパの地で。
彼女はとうとう見つけた。貯水タンクの上で立つあの声の主を。
しかし、彼女が想像していた姿とはまるで違っていた。
「お前があそこから出ていったのは知っていた。そして、生まれ故郷の並盛(ここ)に来ることも予想はついていた。」
「貴方は…誰?」
小刻みに震えるその体は、今頃寒さに気が付いたのか。はたまた、自分のことを知る人物に怯えているのか。
声の主は、貯水タンクから高く跳び、彼女の前に着地した。身長は1メートルどころか、50センチにも満たない、赤ん坊のような姿だった。そのような体にも関わらず、スーツを着込み、頭の帽子にはカメレオンを乗せている。
顔はわからない。月明かりだけでは、帽子の下の表情は読み取れなかった。
「オレは…ボンゴレファミリーの者だ。」
「…私を、捕まえに追ってきたのですか?」
「いや、違うな。オレは、お前とは関係のない理由でここに来た。だが、お前の話を聞いて、此処にくるんじゃねーかと思ってな。案の定、此処にお前は来た。」
彼女は、不思議に思った。赤ん坊が喋ることではない。どうして自分が逃げないのかということだ。
私なら逃げられるのに、どうして逃げようとしないの?
自問自答して、気が付いた。逃げる理由など、なかったのだ。
今まで、私のことを知っている人は、私に怯えていた。だから捕らえようとした。でも、この赤ん坊は違う。この赤ん坊は、私に全く怯えていない。捕まえようとは全然思っていない…。
「では、どうして私に会いに?」
「いい機会だと思ってな。」
「?」
「オレは、お前の力が教え子には必要だと考えてんだ。どうだ?人に恐れられたそれを、人の為に使う気になれねーか?」
意味が…わからない。
「ボンゴレにこいっつってんだぞ。」
赤ん坊がまるで彼女の心を読んだかのように言う。
「!!まさか、貴方も…」
「オレのコレは読心術だ。お前等のとは違う。」
「……。」
「その代わり、お前がボンゴレにいる期間内は何処にいても迫害から保護してやる。」
保護、その言葉に彼女は強く惹かれる。
しかし、その小さな体の赤ん坊を信じていいのかわからなかった。その戸惑いをも読んだのか、赤ん坊はさらにこう言った。
「オレの名はリボーンだ。」
「…なるほど、貴方が…。」
「わかりました。」
「その言葉に嘘はないな?」
「はい。ボンゴレファミリーに入隊します。」
「よし、なら明日からオレの指示に従ってもらうからな…。」
その夜、最後に赤ん坊が放った言葉は、彼女の名前であった。