夢……を見た。
吸血鬼に、血を吸われて、そして私も吸血鬼になってしまう夢だった。
その人は……髪はシルバーだったと思う。目は……よく覚えてないけど、多分、綺麗だった。その人(いや、吸血鬼だから人じゃないのかな)は、どこからどうみても非の付け所がないほど美しくて、カッコよかった。
もし、アレがリアルなら、一目で私は好きになっていた。
そう、リアルなら……。
目覚めたくなかったという思いと、夢の中だとしても、少しいい思いをした……でも、少し怖かったな。という複雑な朝だった。


「……まさか、ね」
は、ひとり路頭に迷っていた。いや、それは最早道ではなく、深い森の中だ。
学校行事で山に来たのはいいが、どうやらほかの生徒達とはぐれたらしい。
うっそうと生い茂る木々から覗く空は、どんより灰色に染まっている。そろそろ雨が降ってしまいそうな天気だ。
あいにく雨具はすべて忘れて、防ぐ術はない。標高が高く気温が低いここで、雨なんて降られたら、寒すぎて凍死するかもしれない(極端な話だが)。
そして、腕時計が告げる時刻は5:00PM 日が暮れるのも時間の問題だ。
今朝の吸血鬼が、不幸を呼んだのだろうか……。
真剣にそんなことを考えているだったが、焦燥感でどうすればいいのかは考えられない。とりあえず、現実逃避しかできない状態だった。
「とりあえず、おりるか」
下りきればちゃんとした道くらいあるだろう。そうしたら助けを呼べるかもしれない。
浅い考えだったが、登る気にはなれなかった。こんな森の中に、雨宿りする場所なんてないだろうし。
1人納得して、ゆっくり下り坂を歩き始めた。
道なき道を下り、延々と木々が続いていく様に溜息をついて、もうどれほど歩いただろうと思考を巡らすようになって。もしかすると、同じルートを回っているだけなんじゃないか、と考えるようになったとき、白い建物を見つけた。
やっとの思いでその建物の前に立つと、そこは教会だということが分かった。薄汚れてはいるが、それは逆に安心感を覚え、は教会の扉を開いた。
「だれか居ますかー……?」
普通の、教会だった。よく、結婚式なんかでつかう教会そのものだ。スタンドグラスはマリアと天使を描き、十字架は褪せることのない金のヒカリを放っている。当然ながら、教会の中には誰もいない。
「失礼します……」
言う必要もない挨拶をし、扉を閉めては教会の中へ入った。
「あ、あーめん、とかいったほうがいいのかな……」
急に焦りだしただったが、ふと、黒い箱を見つける。
十字架の真下に、大きな、ひし形に近い、黒い箱があった。
近づいてみてみると、ひし形ではなく、縦に長い五角形であることが分かった。漆黒のハコの中央には、やはり金に光る十字架が。
「こ、これは……!!」
まさかの棺桶……!!?
棺桶に触れてみると、ひんやり冷たかった。2メートル近くあるその棺桶は、光を一切反射させず、吸い込んでしまう。
白い壁と、黒い棺桶。なんでこう対照的なものを並べるんだろう……などど、正直どうでもいいことを考えてみる。
――そう、棺桶。死者を包み込む箱。死者を天国へと導く方舟。つまりは、この方舟には誰かが入っている。あるいは、いずれ入ることだろう。もしかすると、この板1枚したには、ナキガラが眠っているのかもしれない。まだ真新しいのかもしれないし、腐敗しきって骨だけかもしれない。ただ――もし、そうだとしたら可哀想だな。と。は思ったのだ。ひとり置いていかれて。まるで今の私じゃないか。と。無力ゆえに、みんなに置いていかれて。何故、この棺桶の中の、哀れな人を、土に埋めて、天国へと運んでやらなかったんだろう。
……いや、中身は空っぽなのかもね。
これ以上森の中をうろつきたくない。でも、教会の中でただボウ、としているのもアホらしい。この方舟には、所有者はいるんだろうか。
そんな興味がつのり、の手は自然とその重そうな蓋へと伸びていった。
しかし、そこまで重くなかった。両手で持ち上げれば、軽く開く。その奥も、棺桶と同じで光を吸い込んでいるようだった。 その状態で、手が止まる。人肌が見えた。確かに、人が入っている。方舟が動き出すのを待っている。
閉じるべきか。自分の興味の赴くままに蓋を剥ぐべきか。は、迷った。
結局、やっぱり仏さんに手を出すのも後が怖いと思い蓋を閉じた。教会で仏さん云々なんて言ってはいけないのか。
「ほんとうに、可哀想」
長くても1週間くらいだろうが、事実放置されていたんだ。この人は。
自分も1時間は人とろくに会ってないけれど、この人は死んでしまった上にきちんと葬ってももらえなかったんだ。
方舟を撫でる。私はまだ戻れるけれど、貴方は戻れない。その違いは、言葉にするのは簡単だけれど、意味はとても大きい。
私には、死後のことなんて分からないけれど、もしこの後帰れたとしても、この人が可哀想で、帰るなんてできないかもしれない。
きっかけは、本当に小さくて、些細なことだけれども。なぜだかこの人に依存している。男だか、女だか。それすらもわからないけどね。
私の力では、貴方を天国に連れて行くことはできないけど、せめて、死ぬまで貴方のそばにいることはできるのかもしれない。気まぐれの感情ではあるけど、そうしたい。となんとなく思った。
ガタ…………
さっきまで、の声しかなかった教会に、突如物音が響く。
「?」
教会中に音が反響して、どこから発したのかわからない。が周囲を見回していると、さらに
ギィ。
と鈍い音がした。この音はほとんど響かない。その音は、の手元から出た。
「……!!」
は声にもならない声を出し、腰を抜かし、わなわな震えていた。目を白黒させて、歯はガチガチ音を立てて、何故だか涙が出てきた。
端からみれば、かなり不細工な顔であろう。
しかし、にとってはそれどころではない、今まで以上に怖い。Because...
「ぞ、ゾンビィィィィイイイイ!!」
方舟―もとい、棺桶から、人が出てきたのだから。さっきまで、息遣いも何も聞こえなかった。死んでいる人、のはず、だったのに。
「なんでテメーみたいな不細工にゾンビ扱いされなきゃいけねーんだよ。オレは一度だって死んだ覚えはねぇが。それとオレのこと可哀想、なんて言うんじゃねぇ。オレだって好きでこんな風になったわけじゃねぇよバーロ。」
真上から、低い声が降ってくる。
「は、なんで、棺桶から出てきたんだから……ヒクッ」
怖すぎて、涙がボロボロこぼれて、しゃくりあげるまでになった。視界が、ぼんやりどころか、何億色もの色を使っている画像を256色に圧縮したかのように劣化している。
「……なんでいきなり泣いてんだよ、バカじゃねーの」
「……カじゃない」
「は?」
「バカじゃなーい!!」
突然立ち上がり、でてきたゾンビ(?)にアッパーを食らわす
「ふがっ」
なんとも情けない声をあげ、ゾンビは殴られた衝撃で吹っ飛ぶ。
「いって……」
ゾンビを殴ったことがよっぽどよかったのか、涙が引っ込み、視界は高画質に戻った。しかし、棺桶にゾンビの姿はなく、棺桶の向こう側を恐る恐る覗くと、そこには、極普通の人間がいた。
「……にん、げん?」
さらには目を開く。ぱっと見たとき、綺麗な人、なんて思ったが、しかしそれだけでは終われないモノが目に入った。
今朝、夢でみた、銀髪の吸血鬼と瓜二つだった。
いや、ぼんやりとしか覚えていないものと瓜二つなんて可笑しな話だが、非の付け所のないほど美しく、カッコイイ……という印象が、確かにあの吸血鬼とダブっていた。
心臓が、無駄に鼓動の数を増やし、どんどんと大きくなる。やっぱり、惚れてしまった。
「きゅ、うけつ、き……?」
「あ? ……なんでわかった?」


"きゅ、うけつ、き……?"
"なんでわかった?"
「あなた、ゾンビでなく、吸血鬼なんですか」
「10年前に吸血鬼に噛まれたからそうなんだろ」


またしても、声にならない声をあげざるを得ない状況になった。
「あーうるせー。お前も吸われたいのか。え?」
「なっ、何を言うんですか!」
拒絶するしかあるまい。まるであの夢だ。吸われて、私も吸血鬼になってしまう。それは、唯一の恐怖だった。
「……大体、お前が騒ぐからオレの目が覚めちまったんだろうが。ヒトの寝床を勝手に弄りやがって。あと5時間は寝てようと思ってたのに」
「そ、そりゃ、だって、こんなところに棺桶があったら……」
吸血鬼と視線を合わせようとしない。しかし、吸血鬼はの顎を強引に持ち上げ、視線を無理矢理合わせた。
「な、なんですか」
「お前……」


「さっきまで夢で見てた女みてーだ。オレが首筋を噛んで……オレと同じにしちまった奴に、スッゲー似てる」
「……うそ」
吸血鬼のほうも目を大きく見開き、形のいい眉を歪めているが、は余計に混乱した。
「同じ夢を見たというの……?」
「同じ夢?」
「今朝見た夢で、貴方と凄くよく似た吸血鬼に、首を噛まれた。多分、それで私は吸血鬼になった。それで夢は覚めてしまったけれど……」
忘れられなかった。普段ならすぐに忘れてしまう刹那の記憶が、日常よりも、印象深く、脳髄で生きていた。
これは、偶然? それとも……。
「お前、名前は?」
「……。―貴方は」
カタカタと震える唇で、何とかつむいだ声。偶然と済まされてしまうのが、怖かった。
「オレは……ハヤト」
互いの名前を知ったことで何になる。は、それを感じてはいたが、好きな人(いや、吸血鬼)の名を知らずに終わりたくはなかった。何が終わるのかは、さっぱりわからない。もしかしたら、何も終わらないかもしれない。
吸血鬼――ハヤトは、懐かしいものを見る目でを見ていた。顎においていた手を、そっとの頬に寄せ、撫でた。
「さっきは不細工だと思ったが……綺麗な顔をしてる」
恥ずかしがらずにいうハヤトの言葉に、は狼狽する。吸血鬼には照れなんて感情ないんだろうか……。そして、頬を滑る親指がやたらくすぐったい。
「……いっいやだ、くすぐったい」
「知るか。オレがこうしていたいんだからこうさせてろ」
「な……っ」
なんたる自己中心的思考。は、唖然としつつもそれ以上はなにも言わなかった。無論、嫌になったら即刻引き剥がす。
……というより、嫌になるはずがなかった。相手がどんな奴であろうと、好きになってしまったんだ、それだけで拒絶する理由はなくなる。
だから、たとえハヤトの顔が近くなっても、は何も言わなかった。
「吸血鬼だってな、ただ食事のために人の血を吸うわけじゃねんだ。それなりに人を選ぶんだよ」
ぶっきらぼうな口調で、ハヤトは言った。
「吸血鬼に血を吸われた者も、吸血鬼になってしまう。これは、吸血鬼が他の動物のようなモノを持たないから。歯から、遺伝子を直接相手に植え付けて、高確率で相手を吸血鬼にする。そして、吸血鬼になってしまった人間は、繁殖能力を失う。そして、成長も止まる。肉体的にも、精神的にも」
感情を感じさせない語りだった。鼻と鼻がくっついてしまいそうな距離で、囁くように語るハヤトに、はただうなずくしかなかった。それは吸血鬼の歴史、生き様であり、ハヤトの歴史、生き様であったから。
「オレが吸われた時、オレは14だった。あれから10年経ったが、体は成長どころか老化もない。性格も、生きていた分の成長を見せない。もし、20とかそんぐらいの時に噛まれたら、こんなに悩むことはなかった……」
「正直、腹がへることは一度もなかった。だから、今まで人間を誰一人襲ったりしなかった。オレみたいな奴を、これ以上出したくなかった。なのに、今日はそれをする夢を見た」
顔が近くにありすぎて、ピントが合わない。しかし、ハヤトの顔がゆがんでいるのは分かった。
どれほど、それが辛かったんだろう。にはわからない。
「……悪い、どうでもいい話だったな……帰れ、オレの気が変わらないうちに」
顔が、離れていく。ハヤトは、に背を向け、「早く帰れ」と言った。
「私、迷子になってどうやって帰ればいいのかわからないの」
「は?」
「もう足もクタクタ。帰る場所がわからないのに、ここを追い出すのも、冷たくないですか?」
は、無表情で言った。下手に笑うことも、泣くこともできない。
「……さっきの話聞いてたか?」
振り返って、棺桶に腰掛けていたハヤトは立ち上がって、を見下ろす。はハヤトの顔をじっとみつめ、自分は柄にもなく真剣に、言葉を選んでいった。
「ええ、もちろん。10年前に吸血鬼に噛まれて、体も心も14のままなんでしょう。そして貴方は自分みたいな人をこれ以上増やしたくないと思って、ずっと人を食べなかった」
「ああ」
「もし、食べてほしいと言ったらどうします?」
「……何言ってんだよ」
眉間は深いシワを刻み、言葉に棘が含まれる。
「好きなんです。今朝、夢で会った時から」
好きな人に、どんな形であれ一緒にいたいと思うのは、間違いなのか。
ハヤトだって、一度は人間だった。今は"鬼"なんて名前がつけられてしまったけれど、心は綺麗で、そして優しい。みんながみんな、鬼というほど乱暴じゃない。
どうして、こんなに綺麗な人が、ひとりで苦しまなければいけないのだろう。
「好き。あなたがひとりで辛そうにしているのを、放っておけない。知ったからには、共有したい。あなたは、ただ吸血鬼に噛まれた、悲しく、優しい人なの……鬼なんかじゃない。それでも鬼と言うのなら、私も同じにして、ハヤトの手で」
貴方のその怒りだって、優しさがこもってるんでしょう?
また、画像が圧縮されていく。怖い、けど、それ以上に、好き。外見だけじゃない。「早く帰れ」と言った、その優しさまで、好き。
……」
圧縮された動画のなかで、銀の光を放ったそれはだんだんと大きくなる。近づいてくる。
「"吸血鬼だってな、ただ食事のために人の血を吸うわけじゃねんだ。それなりに人を選ぶんだよ" ……この吸血鬼って、実はオレに限った話だったけどな。……ごめん」
顎を持ち上げられる。それは、前にされた時のような乱暴さは微塵もなく……。
「泣くなよ、お前オレと会ってから泣いてばかりだ。全然笑ってねーよ。そんなにオレを好きなら、もっと笑えよ」
目を拭われる。動画は急に高画質を取り戻し、真っ先に映ったのはハヤトの顔だった。
「目、つむって」
は、黙って目を閉じる。その後、ハヤトは掠れるような声で「ごめん」と言った。

唇に触れたものは、柔らかく、硬く、冷たく、暖かかった。

もともと、口を閉じる力は弱く、簡単に破られて、口の中を何か熱いものが駆け巡る。

息が辛い、そう思った時、不意にその熱いものはいなくなって、今度は下唇に触れた。

そこに、熱いものとは違う、硬いものが触れる。触れるだけで、痛い。

その瞬間、

口の中に、苦い味が広がった。

噛まれ続ける、苦いのが、吐き気を催す。

ハヤトの喉が鳴る音がする。体が熱い、頭がくらくらする。

それは、ただ感情が高ぶっているだけの話ではないらしく。

もうダメ、死んじゃう。そう思った時に、ようやく口は解放された。

ぐったりとしたの体を、ハヤトが棺桶越しに支える。
うつろな意識の中、ハヤトの顔を見ると、その口からは赤い筋が通っていた。
「ごめん。でも……うまかった」
は息をするので精一杯で、声をあげることすらできなかった。
さっきから……謝ってばかり。これでおあいこじゃん。
そう、一言、いってやりたかったけど。



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Dear chocotoranta.
From tifone.
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