なんで…泣いてるの?私は、何を思っているのか、自分でも分からなかった。
ただ、とまることなく溢れる涙に、動揺を隠せなくて…。
廃墟の廊下で、膝を抱えて、俗に言う、体育座りの状態。膝に顔を埋め、服に水分を吸収させる。
廃墟の中で、窓からこぼれる月明かりだけがを照らしていた。むしろ、を照らすために月明かりがあるようにも思えた。
ピロロロ…。
の所持している携帯から、着信音が鳴り響く。
鉄鋼がむき出しの廃墟では、不気味にそれが反響し、を怖がらせた。
「…はい。」
涙を飲んで、普通の状態を取り繕い電話に出る。ディスプレイには、『非通知』の文字。仕事柄、非通知の電話はよくくるもので、誰であろうと出ないわけにはいかなかった。
「結果はどうだった?」
相手は、今日の仕事を依頼したファミリーの男だった。この男は、自身のファミリーの方針が気に入らないらしく、を使ってファミリーの殲滅を企んでいるのだ。
―私の力だけでファミリーの一つや二つ、どうにかなるわけじゃないのに。
条件も手軽で、安い報酬で働く。しかし、気軽に頼めるからには、レベルの高い仕事には向いていなかった。ファミリーにからむ仕事は経験したことすらない。今回の仕事に至っては、成功する確率なんて考えるほどのことではなかった。
それを相手にも話したのだ。だが、相手はあきらめるどころか、それならボスだけでもいい。とを無理矢理引き受けさせた。
どのような形でも、引き受けた仕事は最大限の力を発揮する。それがのモットーだった。
だから今回も、できるだけのことはした。山奥の屋敷で、例のボスは射殺されているはずだ。
「…一応、やれるだけのことはしました。心臓を撃ったので、多分…。」
「そうか。いや、あんたには感謝してる…。ボスさえ倒せれば、幹部達は荒れ狂うだろう…その時、オレは完全に勝利を…。」
―薄々、自分が泣いているわけが分かった気がする。こんな、自分が世界の中心だと思ってるような奴のために仕事したんだと思うと、情けないや。
「それで、私の仕事は終わりですよね。」
「ん?オレ、そんなこと一言もいってねぇぜ。」
「え…?」
「あんたには、最後まで仕事をきちんとこなしてもらう。そうでないと、報酬はパーだからな。」
すでに熱で危うい男の声に、はムッとした。
―やっぱり、やめとけばよかった。
こういう奴は、皆そうだ。少し計画がうまくいくと、成功したも同然の構えで、自分は動かないくせに、いざ失敗すると、手駒に文句をつける。
結果はすでに見えている。成功するわけがないのだ。計画に必要な人材が少なすぎる。
「…でも…。」
しかし、はそこまで言い切るほどの勇気を持ち合わせてなどいないのだ。ボソボソと言ってるだけで、相手を苛々させる。
「あぁ?あんたはオレの言うこと聞いてりゃいいの。そうすりゃお金もらえんだぜ?依頼者に従わなきゃ…な?」
どうにも不気味な声で、は身震いした。
その時、背後から誰かが走っているような足音を聞いた。は、近くにあったドアに飛び込み、急いで閉め、少し荒れた息を整える。ボスを殺したのがばれたのかもしれない。追手を恐れ、逃げ込んだが…。
「ん…どうした。息が荒れてるぞ?まさか…追手か?」
「わかりません…もしそうなら、逃げないといけないので、一旦切りますね。」
足音がすぐ近くまで来たが、また遠ざかっていく。通り過ぎてくれたらしいが、油断は禁物だ。
「…わかった。では、一時間後にもう一度、かけ直す。」
相手は同意し、すぐにツーツー…と、電子音が鳴った。
は携帯をしまうと、腰にかけていた拳銃を構え、足音が完全に消えるのを待つ。
遠くの部屋に入ったのか、小さくドアが閉まる音がする。
その隙にドアを静かに開け、自身がでると、開けたまま閉まったドアとは反対方向に進んでいく。こうしていれば、追手(かもしれない人物)から見て、側が死角になる。
暫く走っていると、曲がり角が。ここを曲がればすぐに外にでれるのだが…。
誰かこないか確認し、最初のスピードより少し遅めに歩いていく。出れたとしても、危険なのは変わらない。それに今頃気付いたのだ。
もう少しで出れる…そのところで。
ピロロロ…
「わっ!!」
携帯の着信音。ディスプレイには、『非通知』の文字。また…依頼者の男だろうか。
―違う、よね。だって…さっきは一時間後って言ってたし。
さっきの電話から、三十分も経っていなかった。
とりあえず、は携帯をとりだし、近くにあった部屋にまた入っていくと、通話ボタンを押した。
「はい。」
「脱出は出来たか?」
「…さっきは一時間後に電話するって言ってませんでしたか?」
「…テメー、誰と勘違いしてんだよ。」
背後のドアが、大きく開く音。それと同時に、電話からではない、肉声がの耳に届いた。
は、警戒しながら振り向く。
「…さすがに怯えすぎだろ。」
まぁ…分からなくもねぇけどよ。と、よく聞けば、にとって最も信頼できる男の声。
「…隼人?」
銀髪は乱れ、汗が浮かんでいる。黒スーツではほとんど目立たないが、その手は赤い液体が付着していた。
「ったく…あんなデケェ仕事引き受けるような殺し屋じゃねーくせに…。」
血がついていないほうの手で、髪をかき上げると、が腰を抜かしている傍まで歩いてきて、と目の高さが同じになるように腰を下ろした。
「隼人…どうしてここにいるの?」
「んなの、決まってんだろ。テメーが死ぬ前に助けに来たんじゃねーかよ。」
その言葉に首をかしげる。『死ぬ前に』の意味が、いまいち飲み込めなかったのだ。
「どういう意味?」
「ハァ?……もしかして、気付いてなかったのか?」
「何に…よ。」
「お前…すぐ隣りの部屋に、今回の仕事の依頼者がいたんだぜ?」
「!!」
「つまり、用無しになったら、すぐに消されてたはずだ。」
隼人の言葉に冷や汗を流しながら息を呑む。
自分が鈍感で、人の気配を察するのは極端に苦手だということは自覚していたが、そこまで自分に危険が迫っていたとは思っても見なかったのだ。
「気付かなかった…。」
「やっぱりな。ったく…これだからテメーは…。」
頭を抱える隼人。それを見て、はまた問う。
「で…あいつ、今どうしてるの?」
「反乱グループと仲良く伸びてるぜ…だが、ここでじっとしてもいられねーな。急いで出るぞ。追手がくるかもしれねーしな。」
「…うん、でも…怖かった。」
顔を伏せ、呟くようにいう。それを見て、隼人はを優しく抱き寄せる。
「心配すんな。安全なところまで…ずっと一緒だ。」
「もし…安全なところなんて…なかったら?」
「そん時は、オレを信じろ。もしも世界中に敵しか居なかったとしても、オレはを守るから…。」
より一層、を強く抱きしめて。
時が止まったかのように、2人はずっと、動かなかった。
ズガガガガガン!!
銃声が鳴り響く。その音で、2人は同時に立ち上がる。
「…絶対に無茶だけはするな。」
「勿論…隼人も、ね。」
「あぁ。」
はどこからか、大きなマシンガンを出す。銃口からは、赤い炎が吹き出ていた。
それを見て、隼人もまたどこからか、髑髏をモチーフにした武器を腕に装着していた。
開いたままのドアから、黒服の男達が雪崩れ込み、と隼人を取り囲む。
「お前達か!!ボスを射殺したのは!!」
男の1人が言う。
「さーな。そんなの…。」
地獄に堕ちた自分のボスに聞いてみやがれ。
と隼人は背中合わせになり、自身の武器を構え、数十倍の人数の敵を迎え撃った。
背中を合わせて
どうもマフィアものが多い気がする…