月明かりが、優しく彼女を照らしている。
静かに寝息をたて、無防備なまま、彼女は寝返りをうった。
「…。」
彼女―の、光をすべて吸収してしまいそうな黒い髪をそっとなでる少年は、獄寺隼人。
彼の銀髪は、月明かりを鈍く反射する。
正反対のような、2人の髪。隼人がの顔すれすれまでに近づくと、髪が交わり合い、それぞれを一層引き立たせた。
隼人は、の頬に軽く唇を乗せると、普段の彼では見ることがないであろう優しい笑顔で、をじっと見つめていた。
「ん…。」
頬に何か触れたのを感じたのか、は眼を開けた。
「起こしちまったか。」
「いや、起きてたから。」
は、さっきのお返し。と隼人の頬に唇をつけた。
「なっ…。」
隼人は顔を真っ赤にして照れてたが、一方のは隼人の顔をみて笑っていた。
「自分でするのは平気なのに、されるのは駄目なんだ?」
「…るせー。」
月が明るく照らし、2人の背景に大きな古城が立っていた。
現在地、イタリアのアペニン山脈。古城は、すでにほぼ廃墟と化していた。
数年前まで、マフィア、ギアーゼィが城主だった城で、ギアーゼィは殺し屋によって暗殺されたという噂だ。
そして、ギアーゼィが城主になる前に住んでいたのが…隼人やビアンキの家族だった。
現在は、ボンゴレの傘下にある小さなファミリーの城になっているのだが、そのファミリーが反逆活動を始めるかもしれない。ということで、隼人達がそのファミリー主催のパーティで諜報活動をすることになったのだ。
結局は、その噂も信憑性がないと判断し、隼人達はそれを報告した後、一週間の休暇を与えられた。
休暇を与えたのは、諜報活動を命令した張本人なのだが、彼でもこんな状態になってるとは思っていないだろう。
「あーぁ、久しぶりにドレスなんか着て仕事したから、肩こったよぉ…。」
「てめーは遊んでただけだろ。」
「えーでもさ、私の仕事がなかったら、今頃、まだ隼人は好きでもないパーティに出てなきゃいけなかったでしょ?」
「…まー、そこは認めなきゃなんねーとこか。」
はほぼ白に近い水色のシンプルなドレスに身を包み、対する隼人は、真っ黒なタキシードだった。そのままの状態で野外の草原に座っていたので、せっかくの衣装が軽く汚れていた。特に、は体中に草や土が張り付いていた。
「…そんな格好で寝てっから、ドレスがスゲー汚れてるぞ。」
「あぁ、別にいいんだ。そんなに好きじゃないし。そろそろ誰かにあげるか、捨てようと考えてたの。」
――汚れてるくせに、無駄に綺麗に見えるのは、俺の目がおかしくなったからか。
――それとも、演出の問題か。晴れた夜に、大きな月がを照らして、髪やら輪郭が際立って、仕方ない。
「捨てんのか。」
「うん。もっと派手なのが好きだからさ、今日は仕事だったし、タキシード男には丁度よかったでしょ。」
「似合ってんのにな。」
小さな声で、隼人は、言った。しかしには、正確に聞き取れず、
「え?」
「…いや、なんでもねぇ。」
赤くなった顔を腕で隠す隼人。その仕草に、は―可愛い―と思ったりする。
「ねぇ…懐かしかったりする?」
「…は?」
「だって、昔住んでたんでしょ?自分で出てったからって、少しは懐かしいとか思わないのかなぁって思った。」
「…どうだろうな。もうオレの家とは思ってねぇよ。」
「そっか。」
しばらくあたりは静寂に包まれる。は時々、考えている仕草を見せ、隼人はただ月を眺めていた。
「隼人ぉ?」
「…なんだ。」
「今の家は…どこ?」
はふと隼人のほうに振り返って、聞いた。
「今の家…か。…たぶんない。」
「そう…。じゃあさ、」
「私の家を、隼人の家だと思っていいよ。」
「…な。」
何言ってやがる。そう言いたかったのだろうか。
しかし、顔を真っ赤にさせ、獄寺はなにも言えなくなってしまった。
は、そんなことを気にも留めず、ただ答えを待っていた。
「…じっと見てんじゃねー。」
「…だって、私、返事聞いてないもん。」
「あ?」
「私の家を、隼人の家だと思っていいよ。って、いったじゃん。」
隼人を思ってか、真剣な表情になる。
「…。」
何を思ったのか、隼人は唐突に話し始めた。
「…オレは、別に家がなくたって構わねぇ。でも、お前がそんなにオレのこと…考えてくれんなら。」
隼人は、の額に口をつけ、さらに言った。
「…オレの家だと、思ってやってもいいぜ。」
「…隼人。」
「一週間休みがあるんだ。帰ろーぜ。オレ達の家に。」
My home so this home is your home.
私の家だから、この家は貴方の家。
帰ろう。私達の家へ。
その過去は、もう過ぎてしまったから。引きずる必要はないんだよ。
私が、過去から引きずった汚れを、全て洗い流してあげる。