「命は…儚いから、尊いんだよ。」
いつしか…誰かが言っていたその言葉。
「命は、炎なんだよ。弱くなったり、強くなったりしながら燃え続けて、最後は消えるの。」
「ただの炎は、熱と二酸化炭素と、埋めるしかない燃料の残骸を残して消えるけど、命は違う。もっと、たくさんのものを残して消えるんだよ。」
何を残すんだよ。
悲しみか?
苦しみか?
怒りか?
恨みか?
「違う。それだけじゃないの。もっと、意味があるものだよ。」
思い出せない誰かが言っていた。だが、今のオレにはこれしかない。
殺した奴への怒り、恨み。
愛した命の炎が消えた悲しみ、苦しみ。
そして、彼女が残した、オレを縛る足枷、手錠、首輪。
それは―記憶。

さんについては本当にお気の毒で―。』
『獄寺さん、あんなに可愛らしくていい人だったのにな―。』
『残念だったな、獄寺。』
『本当に…今からと言う時に…。』
隼人は、ただの社交辞令だと分かっていた。
本当に悲しんでいるのは、ごくわずか。
目で分かる。さっさと終わらせて、帰りたいんだろう。元々、獄寺と親しい人間なんて一握り。隼人との結婚に反対した彼女の血縁者は来ていない為、それ以外は、「ファミリー」「同盟」なんて程度のつながりでしかないのだ。
「隼人―。」
「なんだよ、アネキ。」
いたのかよ。隼人は、わざと自身の姉に背を向けて、そう吐き捨てた。
のことで、貴方が記憶障害を起こしたことは聞いたわ。」
「それが?なんだってんだよ。」
「愛した人の生前の記憶ほど、大切な記憶はないわ。だから…早く取り戻して「どうせ、忘れたいから、忘れちまったんだろ!?」
ビアンキの言葉を遮り、叫ぶ隼人。
「すべて忘れたわけじゃねぇ…アイツの泣いている顔、怒ってる顔は鮮明に覚えてる。それと、アイツが生きてたころに吐いたオレに対する暴言もな。確かに…オレがを愛していたことは事実だ。それは記憶に残ってる。だがな、アネキ。オレはどうしてアイツが好きだったか、覚えてねぇんだよ!!」
「隼人…。」
教会に集まっている人間が、一斉に隼人に注目する。だが、隼人はそれに構わず続けた。
「これが何を示しているか、分かるか?オレの本能は、オレに言ってるんだ、もう…を嫌いになれ、忘れろってよ!!」
「ふざけんな、獄寺。」
その言葉と共に、教会の扉は大きく開かれる。
高い身長、背中には刀、顎に傷。左手中指には、貝と水の雫が描かれたリング。
ボンゴレ10代目ファミリー雨の守護者、山本武だった。
人の群れを掻き分けながら、隼人とビアンキに近づいていく。
そうして、隼人と前に立った直後。

ガフッ!!

山本は、隼人の頬を殴っていた。
軽く吹っ飛び、床に頭を叩き付けられる隼人。しかし、すぐに背中を起こし
「てめぇ!!来て早々何しやがる!!」
殴られた頬は赤く腫れ、口から顎にかけて赤い筋が通っていた。
の意識は、そんなに軽いモノだったのか?」
隼人の質問には一切応じず、問う山本。
答えは…返ってこなかった。
「お前がの何を忘れたかは知らないが、それはお前の世界の中だけの話だ。オレ達は、が獄寺だけに見せた笑顔を知ってるし、つい1週間前に挙げた式での幸せそうなを鮮明に覚えてる。獄寺…まさかと結婚したことまで忘れちゃいないよな?」
「…忘れるか、あん時は…とても綺麗な空だった。」
消え入りそうな声で呟いた隼人。目は、髪に隠れて見えない。
「あぁ…そうだ。二人とも、これ以上にないってくらい幸せそうにしてたぜ。…なのに、は気の毒だよなぁ?結婚式挙げて5日後に殺されたんだ。もっと早く挙式できたはずなのに、誰かさんがあんまりプロポーズまでに時間かけるから。」
「ッ…山本、少し黙れ。」
は、充分満足する程に獄寺と一緒にいられてねぇし、旅行だってしたことないって言ってた…。それに夜なんか」
「おい、山本。」
いつの間にか隼人は立ち上がり、山本の胸ぐらをつかんでいた。目には、憎しみの念が浮かんでいる。
「お前に何がわかる。オレだって…こんなことになるのを分かっていれば…。」
「世の中、想定したことが必ず現実になるとは限らないってことだ。逆に言えば、世の中、想定できないことで溢れてる。の死なんて、誰が想定できた?せいぜい相手の殺し屋ぐらいだろ。」
山本が言った時、隼人は山本から目をそらした。
「オレだって、まさか獄寺にもツナの右腕も取られるとは思ってなかった。でもな、それが現実なんだ。オレなら、にもっと早くプロポーズしてたし、しつこいくらい一緒にいてやれたし、旅行だって何回も連れていけたし、夜も獄寺みたいに下手な躊躇はしない。…できない。なのに、は獄寺を選んだんだ。それをオレはに言ってやったのに、は…獄寺を選んだんだ。」

「そんなのどうだっていいの。何故かは分からないけど、隼人が好きなんだよね。武君も…優しいし、いい人なのは知ってるけど、私は、多分隼人から離れられない。」

「ごく…でら…。」
掠れていく声を不審に思った隼人が、山本の顔を見ると
「は…?なに泣いてんだよ…。」
常に笑顔だった山本が、涙を流していた。
は…お前がどんなに不器用かを知ってて、お前を選んだ。お前といるだけで幸せそうだった、でも、は満足してるはずがないだろ?結婚式の前日に、電話で話したんだ。これからのこと…まだ、多分全然果たせてないだろうな、があの日語っていた理想は。」
「……。」
の後悔は、もう自身じゃどうすることも出来ない。じゃあ、誰がどうにかする?…お前だろ、獄寺。」
「…オレ、が?」
山本の涙に思わず目をそらしていた隼人が、再び山本と目を合わせた時には、もう山本の目は正常そのものだった。
「あぁ…が心の底から愛していた、獄寺…お前にはその義務がある。」
「隼人!!」
それまでただ山本と隼人のやりとりを聞いていたビアンキが口を開いた。
「貴方が、の笑顔だった記憶を忘れたのは、きっと自身の思いの大きさに気づいて、我を忘れないためよ…今は覚えて居なくても、いつか貴方がちゃんと理解できれば自然と思い出せるわ。」
「オレが…の後悔を…。」
「あぁ。」
「えぇ。」
隼人は、静かに彼女の亡骸の前へと歩を進めた。
銃で心臓を撃たれただけ。そのせいか、本当はただ眠っていて、また目を開けることがあるのではないか…と錯覚してしまいそうだった。
隼人はの髪をなで、その躯に最後のくちづけをする。冷たく、人間の味はしなかった。
「今まで、沢山色々なことがあった。オレとお前は、その度に危険な目にあった。そのとき、お前はいつも、オレを助けてくれた。今度は…オレの番だな。」

『命は…儚いから、尊いんだよ。』

すでに亡骸に背を向けていた隼人は、突然振り返った。
そうだ…あれは…が…。
徐々に甦る記憶。
互いに心の底から想い、走った日々。
走馬灯の如く、その日々は隼人の目の前を通り過ぎていった。
目を固く閉じ、必死に涙を堪える隼人。の前では決して泣かない。その約束はたった今思い出したところだが、それはたとえ亡骸の前だとしても変わらない。
「…一生、愛してる。」
その声は、届いただろうか。
ただ、隼人のその一言は深く、少なくとも、教会にいるすべての人間の心を打った。
の亡骸に背を向けると、隼人は力強く一歩を踏み出した。

消えた命の炎は、何を残していったのか。
まだ、隼人には見い出せていなかった。
今は、それでもよかった。とにかく、の為に歩み続けると決めたのだから…。

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