雨は、好きだ。
それも、ほんの少しの時間で体をびっしょり濡らすような雨が。
だって、その雨は体についた血を流してくれるから。
だけど、他のものは流してくれない。記憶や感情……私という、存在。
すべて消えて流されてしまえばいいのに。私の汚い手は、どんなに雨で流しても、記憶でまた真っ赤に染まってしまう。そして、また人の血で赤く染まる。
こんな人生は、もううんざりだった。殺し屋として生きるのに必要な精神力が備わっていない私に、これ以上人は殺せない。
そう思い続けて何年も経つ。けれど、結局は表の世界に戻れず仕事を延々とこなしていた。私は、自分の意思で動けないロボットなのかもしれない。
「人殺しのロボット……最悪。なんでやめたいのにやめられないんだろ」
「……自分では気付かないけど、この生き方に愛着を持ってんじゃね? しししっ」
突然、雨が体に当たる感覚がなくなったと思ったら、ベルが傘をさして、私の後ろに立っていた。
「ベル」
いつもの薄気味悪い笑みを浮かべて、前髪で隠れて見えない眼を、私のそれと交わらせて……。
ひとりを邪魔されて、ムッとすると同時に、ぞくり、と背筋が凍った。
「そんなわけ、ない」
ベルに、背を向ける。
「ししし、どーかな。オレみたいに、殺しが離れないんじゃね?」
「……バカ。なんでベルの影響を受けなきゃいけないのさ」
なんとか絞りだした声は、雨の音にかき消されそうな程弱々しかった。
「あのなぁ、オレだけじゃねーよ。口にはしねーけど、みんなそうだぜ」
……まさか。
ベルは言葉を続ける。
「誰だって、必ずなんらかの形で殺しに意味を持ってんだよ。そうじゃなきゃ、やってらんねーだろ。一番分かりやすいのは、オカマかな」
「…………」
まぁ確かに、ルッスーリアさんは理想の肉体を作り上げて喜んでるけど……。
「他の人達は?」
「ムッツリはボスに褒めらたいからだろ、マーモンは金だろ、先輩……もボスの野望が絡んでるよな。ほかの奴等は知らねーけど」
もちろんオレは、人殺しが純粋に楽しいんだけど。と、本当に楽しそうに言う。
「……私の殺しの意味って……何?」
雨は止まずに、まだ降り続ける。私はもう一度、その中に飛び込みたかった。
「……さぁね。そんなの、今の自分が一番よく知ってるんじゃね?」
そういうと、ベルは私の背中をトンッ…と押して、傘の外にだした。
再び、雨の感触に身を委ね、その心地よさに浸る。
あぁ……私の殺しの意味って、これなんだ。
殺しなんて、ただの口実だ。本当に求めているのは、何かを洗い流される感覚。
足に、服に、付着した血が雨で流れ、私の体は洗われていく。
これがあるから、人の死に関わることが耐えられる。
私は……ロボットなんかじゃないんだ。
「やっと気付いた? ししし、ってば、自分のこととなると一気に鈍感になるんだもん。オレ王子なのに、今日は人に気ィ使っちゃった」
私の胸はトクン…と大きく高鳴った。
王子王子言って、自分の血を流して覚醒する変人だったとしても、私は……
「ありがとう、王子様」
そう言いながら、ベルの方に振り返り、できる限りの笑みを向けた。
眼までは見えなかったけど、ベルの頬が赤くなったような気がした。
そこで初めて気が付いた。傘の色は、ベルの髪とお揃いの金色だということに。
黒服に、金の傘。あくまでもヴァリアーお揃いの黒服ははずしたくないみたいだけど、黒と金はさすがに無理な組み合わせだと思う。
そこまで考えると、体が冷えるのを感じて、ベルの胸に飛び込んだ。
「っ、やめろって、服が濡れちゃうじゃん」
「だって、寒いんだもん」
「自業自得だっつの」
今日ぐらいいいでしょ。と言ってやると、ベルは仕方ないといった様子で
「…オレが王子なら、はワガママな姫様だ。しししし……」
と笑った。でも、満更でもなさそうだ。それを良いことに、私はベルの胸に顔を埋め、服をびっしょり濡らしてやった。
金色の傘が、私達二人を照らしているようだった。
「ねぇ、ベル」
「ん?」
「人が死ぬのって、怖くない?」
「別に。だって、オレにとっては他人だし」
「じゃあ、私が死ぬのは?」
「……それは、ちょっとイヤ、かも」
ベルの空いていた手は、私の髪を優しく撫でた。